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「鳥かごのハイディ」第十七話

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 あの日、思い出の宝箱の中の、エレノアに宛てられたチャーリーの手紙の文言が脳裏を揺蕩っていく。

 ママが言った、オレンジの片割れには、きっともっと別の意味があったって思うのはわたしだけじゃないはずよ。
 ねぇ? エレノアだってそう思うでしょ? 
 でももしそう思わないなら、わたしたちは体だけじゃなく、心までも切り離されたオレンジの片割れだわ。
 わがままばかり言って、本当にごめん。
 いつまでたっても、あなたの妹のままでごめん。

 愛してるよ、エレノア。
 心から、あなたを愛してる。

「落ち着いた?」
 ベッドの片隅に座ったまま、手紙の内容をぼんやりと思い出していると、小さなノックとともにオレンジの甘酸っぱい香りをつれてアガサが入ってきた。
 気づくと、小窓から見えていた暗闇が白らんで見える。彼女との言い合いから既に何時間か経っていた。
「お茶を淹れてきたわ。コーヒーのが良かったかしら」
 いつも元気よく部屋に飛び込んできていたアガサは、その手にカップを二つ持ち、ゆっくりベッドへと近づいてくる。カフェインは興奮するから禁止だ。そんなことわかりきっているはずなのに、でも今はそんな問いかけも、わたしを和ませるための冗談なのだろう。
「クレアに叱られるわよ?」
 わたしがそう答えると、アガサは「そうね」と言って小さく微笑んだ。
 ベッドに沈む二人分の重みが、この寝静まったフロアの寂しさの中でとても心強く感じた。アガサに手渡されたマグカップから立ち上る湯気とオレンジティーを眺めながら、わたしはママの言葉をたどるように思い起こす。

「ハイディー、エレノア。ハイディー、チャーリー。これは、私が用意した、あなたたち双子の姉妹のための謎掛けよ」

 ハイディーとオレンジの片割れ。

 ママは、わたしたちに一体何を伝えたかったのだろう? そしてチャーリーはそのママの謎掛けを解くことができたのだろうか。
「エレノア? どうしたの」
 隣でオレンジティーを啜っていたアガサが不安そうにわたしを見た。
「……ごめん、アガサ。その名前では呼ばないで。わたし自身、まだ自分がエレノアなんだって自覚できてないんだもの……」
 素直な気持ちを告げると、彼女は寂しそうに少しだけ微笑んで、わたしの肩をさすった。
「いいのよ、ゆっくりで構わないわ」
 マグカップの湯気に混ざって、控えめに立ち昇るオレンジピールの香りが鼻の奥に柔らかく届く。
「ねえ、アガサ? お願いがあるの」
 まだ誰も起きてこない静かな病院内の、静かなわたしの部屋。結露した小窓を見上げながらそうつぶやくと、アガサはやさしく、「なに?」と答えた。
「わたしをここから連れ出してほしいの。ラクロスに行って、パパに直接訊ねたいことがあるのよ」
 アガサはそれを聞くと、小さなため息をついて黙り込んだ。
「あなたにしかできないお願いよ。わたしにはそれがどうしても必要なの」
 沈黙が続く。
 しばらく時間を置くと、アガサは口を開いた。
「わかったわ。すぐには難しいと思うけれど、スタイルズ先生が出勤したら一度訊いてみてあげる。でも、あんまり期待しないで」
 難しそうに話すアガサに、「今すぐによ」とわたしは付け加えた。 もちろん、彼女がどんな反応を示すのかなんて最初からわかってたわ。
「今から!? 冗談でしょう? 無理に決まってるじゃない! 私にそんな権限は与えられてないんだから!」
 目を大きく見開いて慌てるアガサに、わたしはさらに追い打ちをかける。
「無理なんかじゃないわよ。それに、あなた私に言ったでしょ? 力になるって。今がそのときよ」
「そんな……、もちろんよ? ああ、でももちろん力になりたいけれど、私にだってできることと、できないことがあるのよ……」
 アガサは隣から立ち上がると、落ち着きなく部屋の中をうろうろと歩き始める。その横顔はもどかしさで溢れていた。
「ハイディー、アガサ」
 わたしがそう声を掛けると、アガサは立ち止まって大きくため息をつき、恨めしそうにわたしを睨んだ。
「あなたって、本当に性格悪いわ!」
 ありがとう、アガサ。

#創作大賞2024 #ミステリー小説部門

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