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【短編】『戦争の終わり』(完結編 下)

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戦争の終わり(完結編 下)


 戦争の幕開けとでも言うような不快な警報音に襲われながら、私は施設内から飛び出す隊員たちに紛れて緊急時の集合場所へと向かった。皆はいったい何事かと慌てふためいている様子だったが、緊急時の訓練通りになんの迷いもなく機敏に移動を続けていた。中にはいかにもすでに寝ていたであろう格好の者までおり、私の破壊行為によって起こしてしまったことを気の毒に思った。私のすぐ側では隊員の腕が大きく揺れ動き、何かの間違いで鞄に入った手榴弾に当たって落ちたりしやしないかと肝を冷やしながら走った。私は今一度自分が主犯となって戦の火種を作ってしまったのだと事の重大さを受け止めながらも、ふと先ほど老人が言っていた言葉を思い出した。

「よかった。まだ戦争経験者は残っておったか」

あの時、老人は何を思ったのだろうか。私は歴史の隠蔽を目の当たりにし動揺していたため状況を把握することで精一杯だったが、老人のその言葉に妙に引っかかるところがあった。ただ戦争の歴史を暴く仲間に出会えたという喜びとはまた別に、何か彼個人にとって戦争に対する大きな思い入れを感じたのだ。決してそれは戦争が良い思い出だったという意味合いではなく、はたまた戦争の記憶を忘れてはいけないということでもなかった。ただ何かを忘れてはいけないと言わんばかりに溢れた言葉に思えたのだ。

 集合場所に着くと、そこに久しく見ていなかった隊長の姿があった。彼の顔は少しばかり痩せ細り、いかにも鍵を盗み出すことが至難の技だったかを物語っていた。

「隊長、私だ。よく鍵を見つけたな。おかげで地下の隠し部屋を見つけることができたぞ」

彼は後ろにいる私の方を怪訝な顔で度々見ては、やがて前に向き直った。

「すまん。人前で言うべきではなかった。今のは忘れてくれ」

彼は依然として何の言葉も返さなかった。何か彼の怒りに触れることでもしたかと思い、彼を問いただした。

「おい、なんで無視するんだ」

「すみません。人違いじゃないでしょうか?先ほどから私に話しかけているようですが、私はあなたを存じていませんので」

彼の突拍子もない発言に一瞬苛立ちを覚えたが、すぐさま隊長の思惑を察した。彼はなるべく表ではお互いが関わっていることを伏せようという考えからその行動をとったのだろうと。私は彼の徹底ぶりに感銘を受けるばかりであった。

 点呼の後に緊急集会は無事終了した。爆破の場所と原因を特定するために指定の調査班を現地に向かわせるということ、そしてこれからの全隊員の対応について上からの通達があった。対応と言っても特に何かの準備に取り掛かるというわけでもなく、一度個々の部屋に戻れという命令だった。私は隊長が一人になったのを見計らって彼に接触した。

「先ほどは失礼。私が悪かった」

「いいえ、どうってことないですよ」

「そういえば、実は地下を爆破させた後、武器庫から手榴弾を持って逃げたんだ。この鞄に二つ三つ入ってる。見てみるか?」

隊長はぎょっとした顔を私に向けると、突然怒鳴った。

「いい加減にしてください!私はあなたを知りません!なぜ私のことを隊長と何度も言うんですか?地下を爆破した?気でも狂ったんですか?」

私は彼のその態度に驚きを隠せなかった。いくら表ではお互いに知らないフリをする必要があるとはいえ、二人しかいないという状況下での彼の徹底ぶりは程度を超えていた。私は彼に怒鳴り返した。

「おい、ここには我々しかいないじゃないか!限度ってものがあるだろ!」

「何の限度ですか?このまま続けるのであれば教官に報告しますよ?」

と言って隊長はその場を立ち去ってしまった。私は彼らしくないと思いながら、彼がその行動をとる理由を考えてみたが一切見当がつかなかった。彼の後ろ姿はまるで戦争を経験したことのない軍人そのものであった。その時、私の中で次第に深まりつつあった彼に対する疑惑が確信へと変わった。今まで万が一のことは想定してはいたものの、それが実際に起こるとは全くもって思っていなかったのだ。彼は、洗脳されていたのだ。

 私は老人から聞いた洗脳の場所へと急いだ。奴らはいつ何時、洗脳活動をしていてもおかしくない。それに我々が怪しむはずもない、この施設内で行っているのだ。一刻も早くこの狂気じみた洗脳、そして歴史の隠蔽を暴かなければいけない。という大きな衝動に駆られながら私は階段を駆け上った。消灯された部屋を通り過ぎながら、奥の理事長の部屋を目指した。その部屋だけは扉が閉まった状態で、隙間から淡い光が漏れ出ていた。いざ扉を開けてみると、そこに少佐の姿があった。その隣には今にも洗脳されそうになっている軍人が丸椅子に座っていた。中は病室のようになっており、少佐は白衣を身に纏っていた。

「少佐、おやめください!なぜあなたがこんな真似を」

少佐は私に気がつくと、軍人との話をやめてこちらを振り向いた。

「戦争をなかったことにするなんて、いったいどういうおつもりですか?」

少佐は何も答えなかった。

「少佐は確かに私をフィリピンに送りましたよね?答えてください」

沈黙の末、少佐はようやく口を開いた。

「君はフィリピンになど行っていない」

「嘘をつかないでください」

「本当だ。そして私は少佐ではない」

「何をおっしゃっているんですか?」

「あなたは私の上官ではないですか。教え子の顔も忘れてしまったんですか?」

「そろそろ現実に目を向けてみてはどうだ?」

「現実?」

「ああ、君の信じているものは全て幻想だ」

「そうやって私をはめようとしても無駄ですよ。私を洗脳しようったって、元秘密部隊の隊員なんですから」

「洗脳などではない。治療だ」

「治療だなんてまた大層なことを。そうやって国民を一人ずつ洗脳していったんですか?」

「君を治したいんだ。君も協力してくれ」

「隊長を洗脳したのもあなたですね」

「隊長?誰だねそれは?もしかして君が作り上げた架空の人物のことか?」

「隊長は実在します。彼はフィリピンから生還して日本で私と奇跡の再会を果たしたんです」

少佐は私の訴えを全て受け入れるかの如く再び黙り込んだと思うと、あきらめがついた様子で呟いた。

「おかしいとは思わないかね?フィリピンで君は隊長の死を見届けたと言っていたじゃないか」

「いえ、彼は生きていたんです!」

「死んだ者が生き返ると思うかね?」

「だから、」と私が何かを言いかけると同時に少佐が付け加えた。

「君は小野田少尉を覚えているかい?」

「小野田少尉?誰ですかそれは!」

「君は今、架空の世界にいるんだ」

「何が何だかさっぱり。いったいどういうことですか?」

「君の信じるこの世界そのものが虚構ということだよ。君は、実在する人物を自分に投影して架空のストーリーを作り上げたんだ」

私は少佐のでたらめな発言を止めようと言い返した。

「話を逸らさないでください!あなたは洗脳と隠蔽の事実を認めなければいけない」

「事実を認めるのは君の方だよ」

「いい加減にしろ!」

止まない少佐の洗脳工作に私は自制心を失いかけていた。彼は私の怒鳴り声に何も動じない様子で続けた。

「君が君自身に投影した人物というのが、戦後30年ぶりにフィリピンの戦地から帰還した小野田という陸軍中野学校の兵士だ。そして、その兵士を送り出したのがあなただ、少佐」

「私が少佐?」

「そうだ」

「馬鹿なことを言うな!私はあなたに派遣されてフィリピンに」

「君ではない。派遣されたのは小野田少尉だ。君が送ったんだ」

「私が、送った?」

私は突然目眩に襲われたかと思うと、すぐに床に倒れ込んだ。徐々にその空間が揺らぎ始め、自分が実際に病室にいることを理解し始めた。

「戦争はもう終わったんだ」

私は男のその言葉を聞いて、現実と妄想が錯誤していたことを目の当たりにし何も言葉が出なかった。なんだか吐きたい気分だったが吐けそうになかった。私は落ち着きを取り戻し、男に問いかけた。

「じゃあ、戦争は本当にあったということですか?」

「ああ、あったよ」

「そうですか。よかった」

「では、最後に一つ聞いてもよろしいですか?」

「ああ、なんだい?」

「また、あなたにお会いできますか?」

「ああ、きっと会えるさ」

私は少佐に対してもの懐かしさを覚えながら最後に一言残した。

「そうですか。安心しました。では、行ってまいります」

目の前には、ピンの外れた手榴弾をよそに、フィリピンへと向かう私を見送る少佐の姿が映っていた。


最後まで読んでいただきありがとうございます!

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