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佐藤優 『宗教改革の物語 近代、 民族、 国家の起源』 : 勉強にはなるが、 名著ではない。

書評:佐藤優『宗教改革の物語 近代、民族、国家の起源』(角川ソフィア文庫)

宗教改革と言えば「ルターに始まる」というのが、日本は無論、世界的にも大方の見方であり、常識となっているが、じつは、ルターには先駆者がいて、それがボヘミア(チェコ)のヤン・フスである。
実際には「先駆者」というよりも、「旗手(トップランナー)」と呼ばれてしかるべきなのだが、その輝かしき地位を、なぜルターに譲らざるを得なかったのか?

これは佐藤優が書いていることではないが、要は、当然のことながらフスは、宗教改革によってプロテスタントがキリスト教会(つまり、後のカトリック教会)から(破門され)分離する以前の人であり、「異端」として内部的に処刑されたため、その名が広く高く響きわたることにはならず、後続の成功者たるルターに、その栄誉を譲ることになってしまったのである。
言い変えれば、フスへの正当な評価は、プロテスタントがカトリック教会と伍する勢力になってからでないと、到底なされるはずのものではなかったし、とにかくルターや、それに続くカルヴァンやツヴィングリといった、後の一大勢力を築き上げたスター(創始者)たちが、まずその信徒たちから賞讃されたのは当然で、その結果、スターたち以前の「(カトリック)教会内の敗者=異端」だったフスへの正当な評価は、大きく遅れてしまわざるを得なかったのだ。

で、本書は、その「宗教改革の旗手たるヤン・フスの思想を紹介する本」だと考えればいい。そこに、著者である佐藤優の(フロマートカを介した)「自己投影」が煩いくらいになされているが、それはまあ佐藤ファンへのオマケみたいなものだと考えればいい。

「ヤン・フスの思想」というのは、簡単に言えば「ローマ教皇を頭とする教会」批判である。
当時は、教会が世俗権力と結びついた「権力闘争」に明け暮れた結果、ローマ教皇が三人になるという「あるまじき醜態」をさらしており、そんな教会に疑問を持つのは、正直な信仰者であれば当然のこと。そこで、フスは、ローマ教皇が三人にもなったのが問題なのではなく、そもそもローマ教皇が、主たるイエス・キリストを差しおいて、自身を「教会の頭」だと僭称し、聖書の記述にさえ優先される「絶対権威」と自己規定したことが問題なのだと批判し、そんな教会はもはや「偽の教会」だと内部批判したのである。
当然、その当時の「キリスト教会」組織を全否定したに等しいこのラディカルな批判は、権力者たちによって「異端」のレッテルを貼られ、問答無用で「火刑」に処せられることになった。フスは「異端という荊冠」を被せられ、殉教者となったのである。

さて、著者の佐藤優は、外交官をやっていただけあって、現実的社会感覚はあるので、その説明はわかりやすい。その点で、本書は買いである。
しかし、物書きとして見た場合、構成力不足が目についてならない。つまり、1冊の本としての読ませるだけの、自然な流れ(構成)を作ることができず、思いついたことから順番に書き足していって、どんどん増築していくウインチェスター・ハウスのごとき本になってしまっているのだ。

この不手際を「神学書とはそういうもの」だとか「神の顕われ方の形式的模倣」だなどと説明する好意的な人もいるが、私は単純に構成力不足だと、客観的に判断する。
それは、本書もそうであるように、佐藤の本は「繰り返し」が多いとか、しばしば「引用文」が全体の半分にも達するようなものが少なくなく、しかも個々の引用文が長い、という(コピペ依存的)問題にも表れている。要は、自分の言葉で語るのではなく、他の権威者の言葉を、自分の言葉の代弁として利用するのが習慣化しているということなのだが、これは単なる「紹介者」としてなら許させるのかもしれないが、物書きとしては二流と判断されても仕方がないと思う。
佐藤は、博識の人で、いろんなことを知っているのは間違いないが、それを十分に整理できていないのではないだろうか。だからこそ、断片的な話は面白いが、まとまった独自性のある論説が書けない、ということなのかもしれない。その意味で、佐藤はたしかに「対談」向きの人なのだろう。

もちろん、佐藤本人としては、自分を売るために物書きをしているのではなく、神に与えられた使命を果たすために、自分の持てるものを社会に還元しているのだからそれでいい、ということになるのかも知れないが、「作品としての本」を評価する者の立場としては、そうした消費材的なもの(実用書的なもの)を、「思想的な作品」として高く評価することは出来かねるのである。

初出:2019年4月9日「Amazonレビュー」
  (2021年10月15日、管理者により削除)

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