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死人と銀河の哲学

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オリジナルマスクに纏わるストーリーを届ける短編集
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#短編小説

【ショート小説】素数0号

【ショート小説】素数0号

CQCQと打ち込んだ画面を落として部屋に一つだけある窓から外を見た。鼠色の雲からは、はらはらと黒く濁った汚い雪が舞い始めている。眼前にはかつて栄華を誇ったであろう真っ赤な鉄骨の塊が全身に苔の緑を生やしながら食い散らかされた死肉の様に物を言わずに横たわっていた。

僕はキッチンに行くと夏の間に備蓄した水を取り出して、近場で取れた樹液を入れてかき混ぜる。暖炉の火で温めてレモンを一欠片その中にいれると、

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【ショート小説】山猫12号

【ショート小説】山猫12号

自然と瞼が開いていた。意識は混濁とせめぎ合い、やや優勢な力が争う事を許さず後頭部を引っ張って枕に押し込まんとしている。目の前は只の暗闇ではなく、外から差し込んだ月の明かりが足元のはるか先を白く染めている。自分は、何とかならないものであろうか。と思い右手に寝返りを打ってみた。眼前には腹をさらけ出して主の枕を我が物とした猫が眠ったままペロペロと舌を動かしている。果たしてこいつは本当に猫であろうか。聞い

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【ショート小説】あくびの稽古11号

【ショート小説】あくびの稽古11号

舞台袖より差し込んだ照明が肩口より斜めに師匠の身体を真っ二つに切り裂いておりました。
京都友禅のしっとりとした手拭いを袖にしまい
「それじゃあ、行ってくるからね。」
そう言うと、師匠は黙ったまま、自らを切り裂いている光をじっと覗き込み動かなくなりました。出囃子の太鼓がぽんぽんと小気味良いリズムを刻んで、そいつに乗っかって滑るように笛の音がピーピーヒャラヒャラと鳴り出します。言葉を訂正します。笛の音

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【ショート小説】蝋燭一本立てた、また立てた10号

【ショート小説】蝋燭一本立てた、また立てた10号

裏の御堂で狐がコン。天道様の辻道で誰が姫子を隠したか。

生い茂った木々に隠されて、砂利の一粒一粒がひんやりと冷気を帯びておりました。玲子は両手で顔を隠して神社の境内に差し掛かる石段に座りこんだまま四つばかり数を数え終えておりました。鼻につく金木犀の香りが秋の空気の中で一段とその色を濃くして、根元に自生していた彼岸花が風に揺られては可愛らしくその首を振っている様に思えます。
五つ
砂利を蹴り飛ばす

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【ショート小説】私の青い鳥9号

【ショート小説】私の青い鳥9号

「お話を聞かせて。」
ベッドに横たわる少女の頬は実った桃の果実のように、微かな産毛を夜に隠してその張りのある肌を眠りにつかせようとしている。
窓枠の中には、白と黒の混じって水分を含んだような雪が、嘘のように外の世界を広げているのが見えます。その欠片は、ぱちぱちと窓を叩くように張り付いては消えてナメクジの這った軌跡のように少しの間張り付いていました。
少女の首まで布団をかけると、老婆はゆっくりと袂

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【ショート小説】クイーン・ザ・スペード8号

【ショート小説】クイーン・ザ・スペード8号

死とはこのような事であろうか。
視界は無く、一面は真っ暗闇の中にあった。
ここは闇の深淵であるか、はたまたま中心部となり、自分を核として方々に広がりを見せているのか何もわからない。
只、シャカシャカと命を鳴らした蝉達の叫び声が、その闇をドーム状に覆い尽くしていた。良く目を凝らし闇を見つめると、ぼろぼろと崩れ落ちた蝉の鳴き声が裸足の足に落ちては砂のように形をなくして、また次の叫びが足元に落ちた。足を

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【ショート小説】揺り籠と墓場7号

【ショート小説】揺り籠と墓場7号

しんと静まり返った闇の中で、パチパチと沢山の拍手が鳴り響いた。辺りに人気は無く、パチパチとした音と微かに響く水面の揺らぎが空気の様に世界を包み込んでいた。かつて純白であったであろう船体は暗闇でも分かるほど黒ずんで、男を乗せたまま、その微かな命を右へ左へ振っては止まり、振っては止まりを繰り返している。船頭の縁から辺りを覗き込んでいた男は、僅かな陸地の向かいにちらりと目を向けた。船尻には、幼児程度の大

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【ショート小説】回転円舞曲6号

【ショート小説】回転円舞曲6号

深い眠りに落ちると、静かに瞼を閉じた。
最後に聞こえていたのは、囁くような鳥の声であった。白い羽毛にすり鉢で砕いた胡麻模様が薄っすらと背中に散りばめ、慎ましげに小刻みな動きを繰り返している。
自分はもう生き絶えていた。

いくらほど時間が経ったのだろうか、先程死んだようにも百年の眠りから覚めたような気もする。瞼を越しに薄く日の光が眼球に差し込んでいるのがわかった。自分は、あぁここがあの世かと思い、

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【ショート小説】テキサス・キラー・チェーンソー5号

【ショート小説】テキサス・キラー・チェーンソー5号

常闇は藍に気持ちばかり翠を混ぜた様な色をしていた。夜の風が身体を通り抜ける度に、魂の熱が大きく燃え上がり、しんとした外気から輪郭を浮き上がらせている。ガソリンはそれでも、揺れているだけであった。ハンドルを握る男の腰あたりには、大ぶりな銀のチェーンが風に揺られて、バチバチと太ももを打ち鳴らしている。鋼鉄の愛馬は、ブゥオンと嘶くと前脚を僅かに上げて速度を上げた。目的地は、未だ彼方であった。
やがて暗闇

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【ショート小説】偶像4号

【ショート小説】偶像4号

古道具屋の飾りガラスを覗くと、祖父の家にあった様な大きな壁時計が悠然と振り子を左右に揺らしているのが見えた。幾度となく眺めた振り子の軌跡は、春の柔らかな光に照らされ、反動の絶頂に登る度にきらきらと光を放っている。(今日こそは出てくるなよ)そう考えると、この木漏れ日の如き穏やかな心持ちに一欠片の染みを落とした気がして、嫌気がさした。その時、
「お客さん、よかったら中も見てってね」
ガラスの隣にある店

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【ショート小説】煙草3号

【ショート小説】煙草3号

真鍮に波の様子を象った飾り細工が、左手にしっとりと馴染む。それに親指を優しく置くと、一気に回転をかけた。回転は熱を帯び、オイルを伝わって生命を帯びた炎が真っ直ぐ伸びたかと思うと、ゆらゆらと靡いていた。副産物として産まれた煙は大方肺に吸い込まれると、反動をつけて空に吐き出された。
空は白煙を瞬時にかき消して、その青さを誇っていた。眼前は空の青と海の青が重なり、申し訳程度の雲が、遥か遠くの方で静かに漂

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【ショート小説】祭囃子2号

【ショート小説】祭囃子2号

方々を自身より高い山々に囲まれた中、小ぶりながら急斜の為、他のどれよりも尖った山があった。領布振り(ヒレフリ)の山であった。

古びた窓枠の格子からは、麓の里が薄茶色く仄かな温かさを放出しているのが見えた。
暗く変色した布団には、烏天狗が今にもその生涯を閉じようと横たわっていた。
領布振り山にも似た嘴(クチバシ)は、その鋭角を只ゆっくりと開閉し、ヒューヒューと生命の音を立てているだけであった。

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【ショート小説】踊り子1号

【ショート小説】踊り子1号

薄灰色のライブハウスを無数の電飾が瞬いていた。
黄、赤、紫、いくつも不規則に点滅する光に頭はぐるぐると回る。玉虫色のステージでは、踊り子が一人アメリカ仕込みのステップを踏みながら、甲高い歌声を鳴り響かせていた。
光が彼女を照らす度に、白いドレスは色を変え、赤いバレエジュースはしなやかに曲がっている。
元来、暗闇であるはずの地下の空間は大勢の人々でごった返している。
ステージからは、ぼんやりと薄闇の

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