見出し画像

【ショート小説】クイーン・ザ・スペード8号

死とはこのような事であろうか。
視界は無く、一面は真っ暗闇の中にあった。
ここは闇の深淵であるか、はたまたま中心部となり、自分を核として方々に広がりを見せているのか何もわからない。
只、シャカシャカと命を鳴らした蝉達の叫び声が、その闇をドーム状に覆い尽くしていた。良く目を凝らし闇を見つめると、ぼろぼろと崩れ落ちた蝉の鳴き声が裸足の足に落ちては砂のように形をなくして、また次の叫びが足元に落ちた。足を払って蝉の声を払いのけてみるが、恐る恐る動かした足は虚しく空をきり、ベットリとした湿度と太陽の熱線が纏わりつくだけであった。
自分は只、考えていた。この先どうすれば良いのか。
じっと動かずに考えを巡らせていると、次第にこめかみから一筋の汗が頬に流れ込んできたのがわかった。
覚悟を決めねばならぬ。
自分に言い聞かせると、両手で握りしめた剣のグリップに力を込め臨戦態勢をとった。多分に湿度を含んだ風が吹き、自分を幻想へと誘うも、意識はすんでの所で吹き飛ばされてしまうのを回避していた。グリップにはもうぐっしょりと汗が染み込んで、滴り落ちている。自分は右足を一歩前に出すと、同じ幅だけ左足を地面に擦らせながら運ぶ。太陽で熱せられた地面は、擦らせた足をしっかり焼き焦がし、さながら地獄の業火を綱渡りしている錯覚に陥った。蝉どもの鳴き声は耳を潰し、もはや自分がどこにいるのか、何をしているのか、自分は何者であるかさえも塗り潰さんと脳内に侵入しようとしている。それでも、何とか足を支えられていたのは、時折り聞こえる優しい波の音があったからであった。自分は勇気を持って、今一度右足を前に踏み出した。踏みしめた右足に鋭い痛みが走る。足元には無数の針を突起させたものが、その命の残骸をからからと残して打ち捨てられた髑髏の様子を覗かせている。じりじりと照り付ける熱線は身体の中まで火を通すように、皮を焦がして蓄積されていく。遅効性の毒物の様な熱を帯び、悲鳴を上げるごとく腕からも背中からも汗が吹き出しては、すぐに闇の中を流れ落ちていった。
絶対絶命。絶望とはかくも容易く広がるものか。常闇に抱かれ、このままこの暗闇に身を任せようと太ももを僅かに折り畳もうとした刹那、只一筋のぼんやりとした光が深淵を突き抜けて自分を背中から貫いた。光は自分の僅か先を指し示すと、そのまま闇に突き刺さったまま、微動だにしなかった。
やらねばならぬ。
自分はその為に、ここまで来た。肌を焦がす熱は、より一層勢力を強め、僅かに目覚めた希望を打ち砕かんとしていた。纏わりつく熱と水分を振り解くと剣を両手で天高く掲げた。背中より差し込む光が剣の刃に反射し、鮮やかに辺りを照らし込んだ、それでもなお闇はその全貌を秘めたままであった。グリップに両腕の全力を込めると、湿っていた持ち手は一気に蒸発し剣は腕と一体となった。
いざ、行かん。
グリップに食い込んだ親指に合図を送り、その剣を振り下ろさんとするその時
「ちがうちがう!もっと右だよ〜」
剣は頭上より眼前の闇をブンと切り裂き、がつっとした感覚が腕に伝染した。剣は地面を強烈に叩き、切先の更に先にはえぐれた砂浜の砂が、水分を含んだものになっていた。
「あと3歩、いや2歩半くらい右にいって〜」
緑色をした悪魔は嘲笑う様に、只夏の砂浜から勇者の動きを眺めているだけであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?