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大人の学びとプロセス

現代の大人は学ぶことを求められます。ビジネス文脈でも使われるリスキリングなどはその典型例で、既存の知識などのUpdateを求められることも多いです。先日、認知科学の視点についてほんの少し学ぶ機会を得たので、知見を交えて文章にまとめたいと思います。

前提として、新しいことを学ぶ際、大人も子どもと同じように多くの認知過程を経ることになります。その過程を意識することで、より効果的に学習を進められると考えます。

まず、言語や数式、図表など、様々な記号を用いて考えたり対話したりする際、それらの抽象的な記号が実際の事物や概念とどのようにリンクしているのかを理解する必要があります。これが「記号接地問題」と呼ばれるものです。記号と現実世界をうまく結び付けられていないと、新しい知識の獲得が難しくなります。

ビジネスの文脈でも、データや理論、ビジネス用語などの記号を適切に事実や実態と結びつけられていないと、新しい知識の獲得が難しく、適用など程遠い状況になります。
例えば、売上データの数字と実際の営業活動や商品の動きを結びつけられていないと、データから本当の意味を読み取ることができません。また、経営理論の概念と自社の実情をリンクできていないと、理論を実践に活かせません。ビジネス用語も、実際の業務プロセスと関連付けられていないと、適切に活用できません。

つまり、この意味で「記号接地問題」と「知識の獲得」は切って離せないものと言えます。
ビジネスにおいて記号接地の問題を解決することは、新しい知識を正しく理解し、実践に生かすための重要な前提条件になります。記号と現実をうまく結び付けることで、初めて新しいアイデアや効果的な施策を生み出すことができると言えます。

そこで、次に「問い」を立てることが重要になります。対象となる事柄について、「なぜそうなのか?」「どのように説明できるのか?」と自ら疑問を投げかけてみましょう。この時、主体的かつ主観的に現状を問うことが大切と言えることができます。
ビジネスの文脈では、常に物事の本質を問い直し、建設的な疑問を問い掛け、解決し続けるスタンスが不可欠と言えます。こうした問いを立てることが、探索的に答えを見つけていく「アブダクション推論」の出発点になります。

「アブダクション推論」では、観測された結果から最適な説明を見つけ出します。
例えば、ある現象を目にした際、「こういう理由からでは?」「こういう原因があるのでは?」といった様々な角度からの仮説を立て、それらが観測結果と整合するかどうかを検証していきます。その時、観測された結果に対して、複数の可能性のある仮説を自由に立てます。そして、それらの仮説の中から、結果を最もよく説明できる、最も妥当な仮説を選び取ります。このように、アブダクション推論は結果から出発し、原因や理由を探り当てていく逆向きの推論と言えることができます。

この過程は、論理で説明される演繹法、帰納法とは異なる側面を持ち合わせています。
前提から論理的に結論を導く演繹推論や、具体例から一般化を導く帰納推論とは異なり、アブダクション推論は探索的な性格を持った推論と言えることができます。

つまり、アブダクション推論は単に与えられた前提から合理的に導かれる結論を見つけるのではなく、観測された事実から、その背後に潜む原因や最適な説明を能動的に発見しようとする推論プロセスなのです。
このため、アブダクション推論は仮説生成や問題解決、さらには洞察を導く創造的な過程として重要視されています。現実に観測される事象の本質を理解するためには、このように多角的な視点から仮説を立て、最適な説明を見つけ出す推論が不可欠となるのです。​​​​​​​​​​​​​​​​

この際、重要なのが「既存知識の活用」です。学習対象と関連する概念や法則を適切に捉えられていれば、より説得力のある仮説を立てられる可能性が高まります。

こうして、問いを立て、仮説を一つ一つ検証しながら少しずつ新しい知識を積み上げていきます。実際のデータや状況と照らし合わせながら、どの仮説が最も説得力があるかを見極めていきます。この検証を経て、仮説の中から最適な説明を選び取ることで、新しい知識や理解を得ることができます。
この新しい知識から新たな疑問が湧き起こってくる循環、このプロセスを「ブートストラッピングサイクル」と呼びます。最初は既存の知識からスタートしますが、それを手がかりに新しい知識を獲得し、さらにそれが次の学習の足場となる。さらに別の仮説が立てられ、また検証が行われる。このようにして知識が螺旋状に拡張していくのです。

つまり、「問い→仮説→検証→新しい知識の獲得」という一連のサイクルを回すことで、着実に知識を積み上げていくことができるのです。このサイクルを自覚的に実践することが、効果的な学習にとって重要と言えることができます。

しかし、時には行き詰まることもあります。そんな時こそ、ひと呼吸おいて別の視点に立ってみることが大切です。すると、突如新たな気づきが浮かぶ「洞察(インサイト)」の瞬間が訪れるかもしれません。洞察とは、長らく理解できずにいた問題の本質を、突然新しい角度から捉えられるようになる体験です。このように洞察は、創造性の源泉であり、理解を一気に深める瞬間なのです。

この文脈を考える時は、洞察(インサイト)とアブダクション推論との密接な補完関係、および影響を説明する必要があります。

前述したアブダクション推論は、観測された結果から、その最適な原因や理由となる仮説を見つけ出す探索的な推論プロセスです。複数の可能性のある仮説を立て、それらを検証しながら徐々に絞り込んでいきます。
このアブダクション推論を行う過程で、ある程度最適な仮説に近づくことができますが、時として行き詰まりを覚えることもあります。仮説と観測結果との間に未解決の矛盾が残り、なかなか決着がつかないことがあるのです。

しかしそんな時、洞察(インサイト)が訪れ、問題の本質的な側面を新たな視点から捉えられるようになる瞬間が訪れることがあります。長らく気づかなかった重要な手がかりや関係性に気づき、矛盾を解消する突破口が開かれる場面が生まれます。
このインサイトは、無意識のうちに行われていた思考の結果として発現すると考えられています。アブダクション推論において立てた仮説を無意識下で組み合わせたり、アナロジーを重ねたりすることで、新たな関係性が醸成され、やがてインサイトとして表出するのだと言えます。
つまり、アブダクション推論を続けることで、そこに至る過程で得られた情報やアイデアが無意識下で結びつき、インサイトが生まれるための下地ができあがるのです。

一方、インサイトが訪れた後は、その洞察を手がかりにしてアブダクション推論が再び活性化し、より妥当性の高い新しい仮説が生成され得ます。このように、アブダクション推論とインサイトが相互に作用しながら、より深い理解や革新的なアイデアが創出される発展的な過程が生じると言えます。
創造性に富む問題解決には、論理的な推論と合理的な洞察の両方が不可欠です。アブダクション推論を行いながらインサイトを待ち受け、またインサイトを糧としてアブダクション推論を重ねていく、このサイクルを意識的に実践していくことが重要と言えます。

大人の学びは、このように記号と現実をリンクさせる「記号接地問題」を解決する手続きから始まります。言語や数値、理論など、様々な記号が実際の事物や概念とどのように繋がっているかを理解することが、新しい知識を獲得する為の土台となります。
そして本格的な学習フェーズでは、「問い」を立て、様々な「仮説」を自由に立てながら「アブダクション推論」を重ねていきます。観測された結果から最適な説明を探り当てる、このプロセスを通じて新たな気づきが生まれてくるのです。その際、「既存の知識」を十分に活用することで、より説得力のある仮説を生成することができます。
さらにこの一連の作業を「ブートストラッピングサイクル」として、螺旋状に繰り返していくことが重要です。ある程度の新しい知識を獲得すれば、それがまた次の学習の足場となり、よりレベルの高い問いや仮説が立てられるようになります。このサイクルを回し続けることで着実に知識を積み上げ、深化させていくことができるのです。
そして時に、このサイクルのどこかで「洞察」による大きなブレークスルーが訪れることもあります。行き詰まりに見舞われていた問題の本質に、突如新しい視点から気づくことで、革新的な解決策やアイデアが生み出されるのです。

このように大人の学びは、認知科学の重要概念が関与する総合的なプロセスと言えることができるのではないでしょうか。このプロセスを自覚的に実践していくことで、私たちは生涯にわたり新しい知を切り開いていくことができると考えます。この学ぶプロセスを意識し、主体的に取り組んでいく姿勢を通じて、多くの人により一層効果的に新しい領域を開拓していって欲しいです。

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