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作品集

46
ちょっと長めの作品を置いておきます。
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#小説

李花①

 高校二年になってすぐのことだった。その日は少し体調が優れなくて、三限目の途中に、先生に言って保健室で休むことにした。
 頭痛がひどかった。こういう日は少し、昔のことを思い出してしまう。自分が犯した過ちとその反省。思い出していくと、必然的に「これからどのように生きるのか」という問いが浮かび上がってくる。今日この日、私はちゃんと決め直す。私は私、浅川理知として、その名と運命に相応しい態度、判断、行動

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「こうすればもう無駄にする人生もないだろう?」

「こうすればもう無駄にする人生もないだろう?」

 最愛の息子だった。それだけ本当だった。私がここで書くことの全てが嘘だったとしても、それだけは本当だった。

 死のうと思ったけれど、死ぬ前に私にはやるべきことが残っている。私がしてしまったことを、全て告白するのだ。全ての罪と後悔を、ここに記しておかなければならない。
 そうすればあの子が私を許してくれる、とは思わない。そうすれば、あの世であの子に

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弱い者イジメの正当性②(頓挫)

本編2 誰かをイジメるうえで忘れてはならないのは「イジメられそうな子」や「悪目立ちしている子」に狙いをつけてはいけない、ということだ。「気持ち悪い子」や「性格の悪い子」もダメだ。教師たちは、そういう子たちに対して「イジメられそうな子」という偏見を持っているから、もしそういうことがあったらすぐにバレるのだ。なぜそんなことが分かるのかと問われれば、色んな本を読んでそうなんじゃないかと思ったのもそうだし

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弱いものイジメの正当性①

それを書く理由は

 攻撃性についての物語を書こうと思う。攻撃性。自分でもこれについてはよく分からない。昔からあったような気もするし、ずっと抑え込んできたような気もしている。早い段階で、自分にこれがあることには気づいていたし、気づいたうえで、コントロールできているつもりだった。
 私は誰かを傷つけたいと思っているけれど、誰かが傷ついているのを見るのは嫌だった。自分のやったことが、何かひどいことを引

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ふつう【青春もの】

「なぁお前も告れよ」
 高校一年の秋。クラスメイトの佐々木亜紀は俺以外の男子生徒十七名(不登校のやつがひとりいて、そいつを除く)にすでに告白されていた。それは「モテている」というより馬鹿な男子高校生の「告白ブーム」のせいだった。なんでも「高校生の間に一度も誰かに告白しないなんて、もったいない」とのことだった。どうせ断られるのも明確で、そういう練習、経験をしておいて損はない、というのが彼らの理屈だっ

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欲望を満たすだけでは

 久々に会った友達が、彼氏の自慢話をしてきた。お金持ちで、欲しいものはなんでも買ってもらえるし、時間さえあえば、行きたいところにどこでも連れて行ってもらえるらしい。冬期休暇には台湾旅行をすることを約束しているとのこと。
 一瞬「冬休みまで交際が続けば、ね」という皮肉が頭に浮かんで、嫌な気持ちになった。まるで嫉妬しているみたいじゃないか、それじゃ。冷静に考えると、どちらかと言えば、久々に会った友人に

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後悔⑧

 いつになく調子の悪い日だった。朝からお腹を壊したせいで電車に乗り遅れて遅刻するわ、授業中たまたまぼーっとしていたタイミングで急にあてられて恥をかかされるわ。
 おまけに、あのムカツク幼馴染君が妙に絡んでくる。
「なぁ水瀬」
「うるさい」
 それを不思議に思ったクラスメイトが、あいつに色々聞いて、その返答も私の耳に入ってきて、余計ムカツク。なーにが「俺に彼女ができたって知って拗ねてるんだよ」だよ。

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後悔⑦

 最近、幼馴染君と登下校の時間が合わなくなった。私はひとりで学校に行って帰るようになった。理由は分からなかったけれど、あまり興味もなかった。
 少し寂しいなと思ったけれど、まぁそんなもんだと思った。そもそも高校生にもなって、小学生みたいに仲良く男女で並んで歩いていたのも変だったのだ。

 そんな関係になってから、三カ月が経った。血の沼の景色はその間それほど大きく変化せず、黒い手も、どろどろの兵士も

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後悔⑤

「結局水瀬は自分に酔ってるだけじゃん。いつも意味深なこと言ってさ、特別な人だって思われたいんでしょ? 馬鹿みたい。みんな、痛いやつだって思ってるよ」
 高校の教室の真ん中で、私のことが嫌いなクラスメイトがそう叫んだ。ヒステリックになっている。皆、じっとこちらを見ている。興味、怯え、反感、色んな感情を、それぞれが持っているみたい。でも、そんなことはどうでもいい。私は自分に向けられた敵意を、どのように

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後悔④

 後ろから首を絞められていた。
 誰が? 苦しい。あぁそうか。首を絞めているのは、もうひとりの私だ。もちろん、首を絞められているのは、私。私の、私。
 私が悪かった。その言葉さえ口から出れば、きっとこの苦しみは消えてくれる。でも、息ができないので、当然言葉も出てこない。私はここで死ぬのだな、と思ったけれど、この場所では私は死ねない。
 意識が遠のいていく……

 やってしまった、と目の前で、ばしゃ

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後悔③

「罪なんてものはしょせん、社会が人間に対してされたら困ることをそう呼んだことに起源があるんだよ。それを宗教とかが勝手に拡大解釈して、めんどくさいことになった」
 唾を飛ばしながら話す男友達。私は、何も分かっていないな、と思った。
「たとえばさ、王様に逆らうことを『罪』だと国民に思わせたらさ、王様にとって都合がいいわけじゃん? 罪と罰って、そういうものでしかないと俺は思うな」
「違うよ」
 私ははっ

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後悔②

 がちゃがちゃ。かたかた。
 それは蝉の鳴き声に似ていた。
 それは内臓をかき回す音に似ていた。
 それは木製の楽器が壊れる音に似ていた。
 それは骨と骨がぶつかり合う音に似ていた。

 空の真ん中には、赤黒い穴が空いている。それは目のように、じっと動かず、渦巻いて、私を引き寄せるでも突き放すでもなく……関係なく、そこにある。ただ、あるだけ。
 ただ、あるだけ。ただ、あるだけということほど、つまら

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後悔①

 黒い血の沼。誰もいない。蓮が咲いている。私はそこに足を浸けて。手でどろっとした黒い液体を掬う。すぐに流す。ぽたり、と指先から滴る。その感覚に、震える。いや、何が自分の心を震わしているかなんて、分からない。自分は関係ないとばかりに咲き誇る薄紅の蓮の花なのか、それとも、赤い空と黒い海の朧気な境界線か。後ろに感じる、誰かの視線か。
 振り返る。同じ景色。背中に視線が突き刺さる。蓮の花だろうか。蓮の花が

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ティファレト【終】

終章 あやまち
 一枚のハガキが届いたとき、レイアは不穏なものを感じた。
――至急、ミァト教諭から借用した書籍を大図書館へ返還せよ

 教室の雰囲気はいつも通り。ミァト先生も普段通りの時間帯に教室にやってきた。
「さて、授業を始めます。今日はルーツ=カマヌス理論の正当性とその致命的欠陥について」
 その話し方は、いつものミァト先生よりも少しだけなめらかだった。それだけじゃない。そのあとの説明も、ど

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