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【連載詩集】No.18 単位が足りない。

「単位が足りない」

 という夢を、

 三十四歳になった今も、

 未だに見ることがある。


 ——単位が足りない。

 ——単位が足りない。

 あと2つだけ足りない。

 今年も卒業できない。


 そんな夢だ。

 


 僕は七回生まで大学に行った。

 人生で一番、どうしようもない時期だった。



 楽しかった高校生活から一変、

 辛うじて大学を卒業するまでの七年間は、

 刻一刻と、無価値な人間になっていく、

 それはそれは、おそるべき日々だった。



 大学生活が始まったころ、

 僕の心の支えは、恋人とバンドだった。



 しかし、恋人には二回生で振られ、

 バンドは途中で挫折してしまい、

 僕の生きがいは、公私共に完全に潰えた。


 代わりに、酒と麻雀だけが頼りの暮らしになった。

 今思い出しても、反吐が出るような毎日だった。

 何やってんだ、何やってんだ、と日々思っていた。

 しかし、酒と麻雀はやめることはできず、

 学校にもロクに行かず、ずるずると一日を過ごした。



 文章を書くようになったのは、

 今思えば、その頃のことだった。

 書くことに、僕は救いを求めた。



 当時は、「物書きになる」なんて夢は微塵もなかった。

 日々、思っていることを、ひたすらブログに書いた。

 現実逃避するために、本も沢山読むようになった。



 ある日、大学のOBからメールがあり、

「おまえって、文学に所縁があるんだっけ?」

 と言われた。

 よくわかりません、と答えた。

「お前のブログを読んだのだけど、

 きっと物書きを志した方がいいよ」

 と助言を受けた。

 はあ、と返事をした。

 やはり、よくわからなかった。




 ——あれから十年近くの月日が流れた。

 無為に過ぎた二十代を乗り越え、三十四歳になった。


 僕は今、自分の生きる道は「文章を書くこと」だと定め、

 会社員から、フリーランスになり、すべてを捧げている。



 適性のある仕事をするおかげで、

 学生だった頃よりも、

 会社員だった頃よりも、

 人として、職業人として、

 評価を受けることができる今は、

 たぶんいちばんしあわせだし、

 精神的にも、経済的にも、

 満たされた日々を、

 送ることができるようになった。



 ——そのはずだった。



 でも、それでも、

 僕は未だに、「単位が足りない」

 という夢にうなされる。


 ——単位が足りない。

 ——単位が足りない。

 あと2つだけ足りない。

 今年も卒業できない。

 



 僕は未だに、

 あの頃の悪夢を引きずっている。



 そして、こうも思うのだ。


 僕はほんとうは、何一つ、

 満たされてなどいない人生を、

 送っているのではないか、と。



 それなりに望んだ職についたとしても、

 まとまった金額の金を稼いだとしても、

 お気に入りの服を着て街を歩いたとしても、

 可愛い女の子に会って乾杯したとしても、

 僕の心は一向に、満たされることはない。



 これは、なんとなく核心に近い想いがあるのだけど、

 大学生活に失敗し、愛する人が離れ、音楽に挫折した時、

 僕の中の何かが、確実に、死んでしまったのだと思う。


 そして、あの時に失ってしまった「何か」は、

 もう、人生において、二度と、

 取り戻すことはできないのだ。



 今の僕にははっきりと、

 それがわかる。



Oh, it's the best thing that you ever had

(ようやく手に入れたもの)

The best thing that you ever, ever had

(きみにとってかけがえのないもの)

It's the best thing that you ever had

(これまで手にした中で最高のものを)

The best thing you have had has gone away

(君はすでに失くしてしまったんだよ)


Don't leave me high, don't leave me dry

Don't leave me high, don't leave me dry


 

 僕は今、僕自身の不在を感じている。


 そして、その侘しさが、

 今日も僕に「書け」と命じてくる。


 僕は、その宿命に抗うことができない。



 ——単位が足りない。

 ——単位が足りない。

 あと2つだけ足りない。

 今年も卒業できない。



 いつか、誰かに、どこかで、

 圧倒的に認めてもらうまで、

 そして、それによって、

 自分自身を赦そうと思えるまでは、

 僕はこの、「文章を書く」という、

 賽の河原の石を積むような作業からは、

 決して逃れることはできないのだろう。



 僕はずっと、赦してはいないのだ、自分自身を。





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