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ショートショートとスケッチ

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ショートショートと一瞬の切り取り
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救世主

「救世主!!」

 商店街で福引の順番を待っているときのことだった。

  僕は白い息を吐きながら、主婦たちと一緒に何色の球が出るか気にしていた。

 声が聞こえたのはそんなときだ。

  一人の老人がこちらに矢のように向かってきた。 真っ白な頭髪はきちんと後ろになでつけ、鼻の下に上品な白ひげ。執事が着るような黒のスーツ。 僕の前でスッと止まる。

「お待ちしておりました」

「え?」

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エクセル

 エクセルができないと友だちができない世界にいる。

 僕は寝る間も惜しんでエクセルを学び、学校でも研鑽を絶やさないよう努めた。

 でも誰一人友だちができなかった。

 みんなエクセルをやらないからだ。

 生徒たちは室内栽培のクレソンみたいに静かに授業を受けていた。
 休み時間なんて休日みたいな穏やかな空気に満ちている。

 でもある日、クラスの6人の男女(3:3)がエクセルを学び出した。

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ふわふわ

 ウチのクラスには不破さんが二人いた。
 一人は魔の山から来ていて、もう一人は、地獄の門番の娘だった。
 二人そろってふわふわというわけだ。

  仲は良い。
 例えば同じ人を好きになっても、二人でずっとその人を好きでいようねというようなことをいつも言っている。
 でも一か月もすると、その意中の男らしき人物の消息は不明になった。

 なぜ二人はこんなに仲が良いのか。

 出会ってまだ3か月。それま

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ながいトンネル

 長いトンネルが余った。
 この先には誰もいない。

 ボーリング大会が開かれた。
 出口にピンを置く。
 入り口で選手が球を投げる。
 坂を転がるボール。

 時速80キロでピンを打ち、ガードレールにぶつかる。

 その音をサンプリングして、曲ができる。

 今では多くの人々がその歌を口ずさんでいる。

 長いトンネルのことなんて誰も知らない。

80

 一日が80時間になった。
 警官も泥棒も道路工事の人も、みんながみんなその辺に布団を敷いて、思う存分睡眠をむさぼった。

 法律ができ、60時間眠って、20時間働こうとなった。

 暴動が起きた。

 20時間働く?

 ふざけるな!!

 だがそれを境に、80時間が効率化の名の元にどんどん切り分けられていく。

 15時間眠って5時間働くを4回すればいいい。
 
 そんなの四連勤じゃないか!

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アレルギー

 住んでいる街の警察署がアレルギー者を集めていた。

 受付をすませたあと個室に通され、血の付いた金づちを握らされた。

「どうです?」と警官。
「なんともありませんね」と僕。

 スーツ姿の男は、ファイルに何かを書きこんでいる。
 謝礼1000円。

 部屋を出たとき、本田さんと入れ違いになった。
 彼女もまた、警察に協力すべくやってきたようだ。

 目であいさつを交わす。
 彼女を待つため、僕

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つんどく

 積ん読が過ぎて私の部屋は世間から図書館と認知された。
 会社に行くために朝ドアを開けると、すでに何人かの利用者が列を作っている。
 だいたいおっさんだ。一言も言葉を交わさない。
 押し問答も面倒なので、私は彼らを家に入れ、入れ違いにその場を後にする。

 しばらくすると謎の受付係もやって来ることが分かっている。
 今は六月だ。あと少しすると、夏休みの子供たちもやってくるだろう。

 こうなったの

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炎の剣

 死んだ祖父の形見が炎の剣だった。
 彼は父ではなく、僕に剣の持ち主を指定した。

 注意書きによれば、鞘から出すと刀身が燃え出し、ドラゴンが来るらしい。
 でもなんだかバカになっていて、ちょっと抜いり、落としたり、とにかく強いショックを与えただけでもドラゴンがやって来るという。
 なんなら焼き肉をしてても来るという。

 どうせ炎もドラゴンも嘘だと思って抜いてみたら、刀身から出た火が天井を燃や

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とてもとても

 とてもとてもが口癖の彼だったことがある。
 彼女は習字だかお花だかのお家元で、一緒にいると茶室にでもいるようなのっぴきならない座標軸を感じてしまう。
 僕はただの書店員だった。
 苦しいことが多かったので、笑顔で仕事をしていたら彼女に誘われた。

 僕はお腹から内臓が飛び出ているんですよと言ったけれど、彼女には関係がないようだった。
 私が選んだのが正解みたいな顔で、僕の飛び出した胃やら膵臓やら

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【大河小説】くに

 ある男が悪い行いをする。
 彼は追われ、身を守らなければならない。
 そのために味方を作る。
 しかしその味方も方々に敵を作っている。
 彼らは自分たちの安全を守るため、さらに強力な共同体を作る。

 こうしてできたのが、国である。

リストラジュリエット

 世界的な映画監督がうちの部に指導にきた。海外テレビの企画だった。
 ロミオとジュリエット。事前の台本にジュリエットがいない。
 まさかないわけはあるまい。我々はジュリエット抜きで練習していた。一応役は準備した。私だ。

 監督が来た。恰幅の良い茶色の顎髭を蓄えた男。印象で一番近いのはサンタクロースだ。
「じゃあ、始めて」
 一通りやる。もちろんジュリエットはいない。
 5日が過ぎた。
「あの、ジ

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しゃべる小学校

 ウチの小学校は喋ることが好きだ。
 暇な人を見つけては日がな喋っている。ともするとチャイムの音も聞こえないほどだ。
 中でも二時間目に校長との会話が恒例である。
 僕らは知らず知らずのうちに校長に二人の孫がいて、たまに彼を蹴ったりお金を盗んだりしていることも知っている。
「まったくけしからんことですよぉ」
 と、校長は砕けた口調でそう言う。年齢的には校長の方が上だが、小学校の方がずっと大きいし先

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バナナ数学

 バナナを細切れにして算数の問題を解く計算法をバナナ算数という。
 バナナは千切りやすくまた安価で美味しい。
 計算が終われば食べればいい。酷使した脳の栄養補給にもなる。
 まさに万能メソッドである。
 それを数学の世界に転用したのがバナナ数学だ。
 難点はある。計算が複雑になり、証明や抽象化が進む中、数本のバナナでは太刀打ちできない。中学までは何とか一房で解けるが、高校、大学、研究者となるとどれ

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神様ATM

 神様ATMがうちの商店街にできたという。
 早速引き出しに行ってみた。
 通帳を入れ『引き出し』を押すと、女の人の音声が流れてくる。
「あなたが引き出したいのは金のお金ですか?それとも銀のお金?」
 これは泉の女神か。
 色々バリエーションはあると聞いていた。この女神が神様に入っているなんて。さすがは八百万の国である。
 パネルに『金』と『銀』のタッチボタンが現れる。
 他に選択肢はない。
 こ

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