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最高傑作を求めて #シロクマ文芸部

 本を書くと決めた男がいた。
 大学を出て就職し、結婚し子どもも授かったが、どこか満たされない思いを抱えていた。平凡であるということはそれだけでもありがたいことであるが、そんな人生に嫌気がさしたのだった。
 必ず最高傑作を生み出すと決めた。

 しかし、問題はどんな本を書くかを決めていなかったことだ。すでに世界には多種多様な本が存在している。
 何がおもしろいのか。何を書きたいのか。
 どんな本が最高傑作なのか。どうすれば最高傑作になるのか。

 

 とにかく男はアイデアを書き留めることにした。
 きっと「これだ!」と思うものに巡り合えるはずだと信じて。

 高熱が出ても書いた。怪我をしても書いた。旅行中も書いた。
 
 もっとおもしろいものがあるはずだ。

 興味がなかった分野の本も山ほど読んだ。
 何かのヒントがあると信じて。

 これまで以上に仕事に真剣に取り組んだ。苦手だった同僚との飲み会にも積極的に参加するようになった。新しい趣味に挑戦した。家族との関係もいっそう深めた。


 メモはどんどんたまっていく。

 だが男は納得しない。
 やはり平凡は平凡のままなのだろうか。才能がないのだろうか。自分が本を書くなんて不可能なのだろうか。そう思うことが何度もあった。
 それでも男は諦めることだけはしなかった。

 初めて白髪を見つけたことも、娘が成人したことも書いた。
 妻が作ってくれた料理がおいしかったことも、仕事で問題が起こったことも書いた。
 それらを見返し、そこから空想したことも書いた。

 ひらめいては考え、組み合わせて考え、分解して考え、時には思い切って捨てていく。
 

 考え方を変えてみた。行動を変えてみた。男はまさに人が変わったようだった。
 最高傑作を生みだすために。


 もっと、もっと、おもしろいものがあるはずだ。

 自分が知らないことはまだまだある。経験しなくてはわからないことがまだまだある。

 男は求めた。




 数年後、男の名前が新聞に載った。

 『警察によると、男は「本を書くためのアイデアになると思った」と話しているという。』



#シロクマ文芸部 企画に参加しました。

理想を追い求めすぎるのも、いきすぎちゃあいけませんね。


読んでいただきありがとうございます。

2023.01.12 もげら


シロクマ文芸部 企画参加ショートショート:
街クジラ お題:「街クジラ」
今日は誰の日? お題:「私の日」
私の日制度、導入 お題:「私の日」
鍵穴を探している お題:「消えた鍵」
ピアノの秘密。 お題:「消えた鍵」
時計の針が止まるとき、それは食事の時間 お題:「食べる夜」
楽しい時間 お題:「書く時間」
平和が訪れるとき お題:「平和とは」
文芸部の友だち お題:「文芸部」
擬態語ウォーキング お題:「ただ歩く」
夏の終わりの勇姿 お題:「ヒマワリへ」
文化祭(俳句) お題:「文化祭」
BAR seetin お題:「愛は犬」
秋の情報、もうひと工夫を お題:「秋が好き」
ミステリーツアー 〜月めくりの謎〜 お題:「月めくり」
走るか、走らないか、その先にあるのは お題:「走らない」
香りの思い出 お題:「秋桜」
紅葉鳥の真相 お題:「紅葉鳥」
新規一転 お題:「新しい」


練習 ショートショート:
君と何をしようかな
台風はアイスクリームを食べる
ペンギンのドライブ
Take A Step Forward.


▶ マシュマロ投げてくれてもいいんですよ……?!
感想、お題、リクエスト、質問、などなど


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