時計の針が止まるとき、それは食事の時間 #シロクマ文芸部
食べる夜がやってきた。音もなく、息をひそめた夜だった。
「こんばんは」
声をかけると相手はびくりと肩を震わせた。突然現れた私に怪訝な目を向け、上から下へとじっくりと視線を這わす。
「どちらさん?」
「名乗る名もないのですが……」
困ったように答えると、相手は更に眉間を強く寄せた。
「これも仕事でして」
「なんの仕事だよ、こんな時間に。どこの誰かもわかんないし。スーツ、着てるけど。同業者、にも見えないなぁ」
「ああ、同業者ではありえません。この見た目は、まあ、アナタがたと同じにはしていますが」
「なんだよ、悪いけど帰るところだから」
めんどうなヤツに捕まってしまったとばかりに、私に背を向けて歩き出そうとする。
その気持ちはわかります。わかりますが、そうもいかないのですよ。
首から下げたペンダント型の時計を見ると、その時間まであと半周もないところに秒針がある。
「私も、アナタをいただかなければ、帰れませんので」
なにを、と振り返ったアナタが怖がらないように、精一杯の笑顔を見せてあげましょう。
「いただきます」
最後の言葉を聞くこともない。なぜ、と理由を話してやるでもない。
ただただ、私の食事となった。
「ごちそうさまでした」
彼の身体が力を失って、その場にパタリと落ちた。
聞こえてはいないだろうが、謝罪の言葉を述べる。
「申し訳ありません。悪気はないのです」
これも私の仕事――、人間の魂を回収するのが私の仕事なのです。仕事であり、私たちの空腹を満たしてくれるもの。
そうですね、アナタがたにわかるようにいえば、死神、でしょうか。
#シロクマ文芸部 企画に参加しました。
読んでいただきありがとうございます。
2023.07.21 もげら
シロクマ文芸部 企画参加ショートショート:
・街クジラ お題:「街クジラ」
・今日は誰の日? お題:「私の日」
・私の日制度、導入 お題:「私の日」
・鍵穴を探している お題:「消えた鍵」
・ピアノの秘密。 お題:「消えた鍵」
練習 ショートショート:
・君と何をしようかな
・台風はアイスクリームを食べる
・ペンギンのドライブ
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