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ミステリーツアー ~ 月めくりの謎 ~ #シロクマ文芸部

 月めくりとは一体なんなのだ。
 大きな不安が押し寄せてくる。
 自身の勘違いが招いたこととはいえ、ドクンドクンと強く打つ心臓が一層の焦りを感じさせる。


 今の今まで『月めぐり』だと思っていたのに。


 いくつもの旅行案内が載っているチラシ。その中に『月めぐりツアー』を見つけた。特別に目立つ広告でもなかったがただ目に止まった、そんな感じだった。
 載っていた日程によると、夕方頃に出発し、夕食をとりその後『月めぐり』をするというものだ。
 バス旅行にはこれまでにも何度も参加したことがあった。しかし、夜のツアーは初めてだ。
 月をめぐるとはどんな旅行になるんだろう。十五夜も近いし月がキレイに見える場所を巡るのだろうか。そういえば最近ゆっくり月を見ることもなかったな、などと興味を惹かれ申し込んだ。

 それが、まさか。


 ツアーは盛況なようで、バスはほぼ満席の状態だ。周りを見ればまさに“紳士淑女”とも形容されるだろう上品そうな男女。年齢層はやや高めといったところだった。40代に突入したばかりの僕は明らかに若い。
 さらにいろいろな場所を巡るのかもしれないと考え、多少カジュアルな服装にした自分がいささか場違いに感じたが、それを揶揄したり咎めたりする者はいなかった。

 バスが出発するとガイドが前方に立ち、挨拶した。
「みなさま、本日は月めくりにご参加いただきまして、誠にありがとうございます」
 おや? 今、なんて、
「好評の月めくりツアー、今回で8回目になりました」
 聞き間違いかと思ったが、しかしはっきりと『月めくり』と聞こえた。

「月めくり……?」
 思わず出てしまった声は隣の参加者に届いたようで、どうかしましたか、と尋ねられた。
 相手を見遣ると、穏やかに笑みを浮かべる紳士。僕の困惑の理由など思いつきもしないのかもしれない。
「私はね、前回も参加したんですよ。今回もとても楽しみでねぇ」
 なんと、この紳士は月めくりをしたことがあるという。月めくりとは一体なんだ。ぜひ教えてほしい。

 僅かな羞恥を感じながらも、隣に座る紳士に問う。
「実は、ついさっきまで『月めぐり』だと思い込んでいたんです。それで、その、月めくりとは、どういう……」
 正直に告げると紳士はわずかに驚きの表情を見せた。
「おや、それはそれは。ふむ、なるほど、月めぐりですか。ほぉ、確かに。月めぐり。それもおもしろそうだ」
 僕の言った『月めぐり』に関心を寄せられてしまったようだ。きっと月を巡る様を想像しているに違いない。月はいつだってロマンに満ちているのだ。
 いやいや、今はロマンだなんだは問題じゃない。
「あ、あの、すみません、月めくりというのは一体――」
「ああ、失礼。月というのは非常に人々の想像を広げてしまうものですね。うーん、そうですねぇ。月めくりもまた、それはそれは素晴らしいものでしてね」
「ですから、どういうものなんですか?」

 前回参加した月めくりのことを思い出しているのだろうか。隣の紳士は見るからに幸せそうだ。
 この凛とした紳士が思い出して頬を緩めてしまうほど、月めくりとは良いものなのだろうか。
 しかし、漠然とした不安は消えてくれやしない。それは楽しみだ、と思うどころかじりじりと恐怖がせり上がってくる。なんだ、この奇妙な感覚は。

「いやあ、それはやはりご自身で確かめるのがよいと思いますよ」

 そう言ってさらに笑みを深めた紳士が、どこか怪しげに見えたのは僕の気の所為だろうか。
 得体の知れない『月めくり』が僕に見せている幻想なのか。


 そういえば、今バスはどこを走っているんだ。
 紳士越しに窓をのぞけば、そこに見えた夕焼けと夜の混じった色がまた僕の恐怖を誘う。
 高速道路のようにも思えるが周りに走っている車は見えない。


 このバスはどこへ向かっているんだ。
 ここはどこなんだ。
 僕はどこへ連れて行かれるんだ。
 降ろしてくれ。帰らせてくれ。
 月めくりとは一体なんなのだ。
 誰か教えてくれ。




#シロクマ文芸部 企画に参加しました。

『月めくり』をあれやこれや想像していたら、ゴールを見失った結果です。(言い訳)


読んでいただきありがとうございます。

2023.09.30 もげら


シロクマ文芸部 企画参加ショートショート:
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今日は誰の日? お題:「私の日」
私の日制度、導入 お題:「私の日」
鍵穴を探している お題:「消えた鍵」
ピアノの秘密。 お題:「消えた鍵」
時計の針が止まるとき、それは食事の時間 お題:「食べる夜」
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平和が訪れるとき お題:「平和とは」
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擬態語ウォーキング お題:「ただ歩く」
夏の終わりの勇姿 お題:「ヒマワリへ」
文化祭(俳句) お題:「文化祭」
BAR seetin お題:「愛は犬」
秋の情報、もうひと工夫を お題:「秋が好き」


練習 ショートショート:
君と何をしようかな
台風はアイスクリームを食べる
ペンギンのドライブ
Take A Step Forward.


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