擬態語ウォーキング #シロクマ文芸部
ただ歩くだけではつまらない。
そんなことを思うのは間違っているのかもしれない。しかし、つまらない。
運動する習慣を取り入れるはじめの一歩として、少し前から始めたウォーキング。
ウォーキングでは痩せないという説もあるが、効果があってもなくても、まず習慣にするためなのでそれほど重要ではない。それにまだ肥満でもない。今後のために、だ。
つまらなさの一因はそこだろうか。つまり切羽詰まってやっているわけではなく、真剣味が薄い。
一緒に歩く仲間でもいれば違っただろうか。どうでもいい話でもしながら歩けば少しは楽しめそうだ。
そうだ、どうでもいいことを考えてみよう。
歩くことは考え事やアイデアの発想にも良いらしい。考えなければいけない大事な事案や、素晴らしいアイデアを求められる事案は今の時点では無いけれど。
だからこそ忘れてしまってもいいような、どうでもいいことを考えようじゃないか。
しかし、どうでもいいこと、とはどんなことだろう。
てくてく、てくてく、
歩きながら考えられる、どうでもいい、大したことじゃないこと。
てくてく、てくてく、
なんだろう、どうでもいいこと……
てくてく、てくてく、
普段は「今じゃない」ときにばかり浮かんでくるくせに。俺の脳みそよ、今がそのときだ。
てくてく、てくてく、
……『てくてく』ってなんだ？
突然、頭の中で電球が光ったような感覚がした。
やはり歩くことはアイデアが浮かぶ最高の行為なのだろうか。
『てくてく』は歩いている様子を表す擬態語。
けれど『てくてく』っていったい？ 歩行時の音？
音に意識を集中させて歩いてみる。
てくてく、てくてく、
……『てくてく』と自分で思いながら歩いてしまう。これでは意味がない。『てくてく』と聞こえてくるような気がしてしまう。
そういえば、歩くときの擬態語というのは、けっこう多いのではないか？
再び頭の中で電球が光る。
我ながら随分と良い、かつどうでもいいことを思いついた気がする。
擬態語を表すように歩いてみよう！
そうだなぁ、まずは『とぼとぼ』からやってみよう。イメージも容易だ。
肩をがっくりと落とし、ため息も吐きながら歩く。
うん、いい感じじゃないか？ これはきっと誰が見ても『とぼとぼ』だ。
さて次は『のしのし』はどうだ。
一歩一歩踏みしめるように、力強く歩く。
なかなか上出来だ。楽しくもなってきたぞ。
よし、次は『よろよろ』でいこう。
少し足元がおぼつかない感じで、時折よろめいてみる。
おお、俺って演技の才能があるんじゃないか？
楽しくなり、調子に乗った俺は次々と擬態語を体現する。
『すたすた』『そろりそろり』『とことこ』『のろのろ』――、
これは良い。飽きない。楽しいぞ。
しかもまだまだありそうな予感がする。家に帰ったら擬態語を調べてみよう。
そうすれば明日からもたくさん歩けそうだ。
俺は決意を新たにして、明日からの楽しみに心を弾ませた。
「こんばんはー」
背後から唐突にかけられた声に驚いてビクリと身体が跳ねた。
その勢いのまま慌てて振り返るとそこには――
「突然ごめんなさいね。えー、っと……、今、お酒とか、なにか、飲まれてます？」
かっちりと制服に身を包んだ警官が、少し微笑みながらも慎重に言葉を選んで質問してくる。
「……へ？ いいえ」
酒など飲んでいない。これでもウォーキング中だ。
「あー、そうなんですね。今なにをしているかは、ご自分でわかってらっしゃいますか？」
「ええ、ウォーキングを、」
そこまで言って俺は気付く。
これは職務質問だ。
「……ウォーキング？」
「はい、そうです、そうです！ ウォーキングです！」
まさかの展開に語気が強まってしまう。ああ、これでは逆に怪しまれてしまう。
俺が擬態語を体現しながら歩いている様子を見た誰かが、通報したのだろうか。
ああ、しまった。完全に不審者扱いされている。
しかし――、
ただ歩くことに夢中になっただけで、職務質問されるなんて。
つまらないどころか、とんだ笑い話だ。
（※ 職質するときは所属や名前を明かす、という規則があるようですが今回は省略しています。悪しからず。）
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シロクマ文芸部 企画参加ショートショート：
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