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しかし私の友ではない|吉屋信子『花物語』 ダーリヤ


(ダーリヤよ。お前は華やかで美しい、しかし、私の友ではないーー)



少女小説の元祖、『花物語』はその名の通り、繊細な少女の感情を花の名を冠した物語に閉じ込めた短編集です。
ロマンチックな感傷につつまれた物語が多い中、凛とした決意が光る「ダーリヤ」を今回はご紹介したいと思います。




道子は女学生に憧れながらも経済的事情から慈善病院の見習看護婦として働く少女です。


ある日かつての同級生、茂川家の令嬢春恵が事故に逢い、運ばれて来ます。



『茂川さん、大丈夫です、私がおりますよ、きっと、きっとお治りになります』
道子は涙に潤んだ瞳を春恵嬢に向けます。その声に春恵も安心して眠りにつくのでした。

そうしてその後も道子は献身的に春恵のお世話をするのですが、そんな中、思いもよらない話が持ち上がります。
春恵の希望があり、道子を茂川家の一員として迎えた上で女学校にも学ばせてやろう、というのです。

願ってもない話でした。

看護婦の控え室には茂川家のから贈られた真紅のダーリヤが飾られ、「働き仲間のお友達」は

『初野さん、おめでとう、ほんとうに幸福ねえ、あんな綺麗なお嬢さんを看病なさって、その上、こんな花束まで贈られて、まあ仕合わせな方!』
『私ーー羨ましい!』

と、道子の幸運をしきりに羨ましがるのでした。


ですがその日、道子は小さな子供に出会います。(お母ちゃん)(お母ちゃん)と小さな声で泣く「おきみちゃん」は、道子が世話をしてやると、泣き疲れて眠りにつきました。

その後疲れた様子で現れた母親は、事情を語ります。

『私も、この子の病気は実に気になって夜分も休めぬほどでございますけれども、なにぶん父親のない家ですから、こうして私が、なりふりかまわすに朝から晩まではたらきまして、ようやく、只今、こうして少し閑をつくって身に参りましたので……』

これまで病院での業務に嫌気を覚えていた道子の胸に、新しい感情が生まれつつありました。

『おきみちゃん、今日から私がおきみちゃんのお姉さんになりましょう、そしてお母さんの代りにも……』

「自分の働きに光を認めて、みずからを捧げたいと思う心」を見出した道子は、茂川家の提案を断ることに決めたのでした。

そうして、控え室であのダーリヤの花束を手にすると、河に投げ捨てるのです。


 道子は遠ざかりゆく、水の上の花の影を、じっと見送りながら静かにつぶやきました。

(ダーリヤよ。お前は華やかで美しい、しかし、私の友ではないーー)



世の中にはどうにも憧れてしまうことがたくさんあります。
その全てを手にしたいと思うこともあります。だけど、よく考えてみるとその選択が自分の魂にはそぐわないことも、実はあるのです。

道子の物語の場合、袴やリボンで着飾り、学問に勤しむ女学生という特権的な立場は当時の世の中では羨望の的であり、彼女の念願でもありました。

しかし、女学生になって成し遂げたいことがあるのではなく、なんとなくの憧れなのです。

看護婦としての生き方に意味を見出した道子にとっては、そのなんとなくの華やかな立場は、「美し」くとも「友」ではなかったのです。


何かを選択し、何かを切り捨てる時、わたしは、

(ダーリヤよ。お前は華やかで美しい、しかし、私の友ではないーー)

の一節をいつも思い出します。

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