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『腹を割ったら血が出るだけさ』 住野よる 作 #読書 #感想 ②

つづき。

彼女が本当の自分を閉じ込めている感情の正体だ。
本当の姿や気持ちを覆いつくし、ただ愛されたいとだけ願って生きるグロテスクな存在。
(略)
上手く演じるのは友達と仲良くしたいからでは決してなく、ただ愛されたいから。
(略)
誰しもが純粋に伝え合うのだろう友情や恋心や家族愛を、自分だけ、膜なしで表せたことがない。

215・216ページ:茜寧のこと

昨日の感想を思い出せるような茜寧の姿。
鏡越しに自分を見て、"グロテスク"だと感じるその心が、分からないでもない。昨日も書いたけれど。


茜寧のことを思い出したところで、もう1人の主人公について触れておきたい。

自分の人生に必死になれなくて、焦ってるんだ。他人をこき下ろすことで、失われていく自尊心を取り戻せると勘違いしてる。

94ページ:樹里亜のアンチに対する言葉

アンチに対してこんなことを言っていた樹里亜。その一方でこのアンチからの声も自分の"ストーリー"だと考えるくらい、生きている自分の"ストーリー"を大切にしているこの主人公こそ、アイドルグループの一員である樹里亜である。

この発言、世の中の全アンチにぶつけたくないですか???
Twitterで言ってやりたくなる、しょうもないことを言って誹謗中傷を積み重ねている人たちに向けて(笑)



この本は樹里亜と茜寧という、自分のことを素直に ありのまま表現できない理由のある2人と、
自分らしさを理解し ありのまま全ての感情を表現する逢という1人の人間の対比といっても過言ではない。

樹里亜が会った事もない茜寧のことを想像して、逢に告げたことがある。

「その子は多分、逢と本心で付き合ってなかったんだよ」
(略)
「(略)それは彼女だけが理解出来る悩みだから、他人からそんな事ないって言われて、救われるものじゃないんだよ」

(ここからは逢に対して)
ねえ、この人はなんて、私たちと違ってこんなに澄んでいるんだろうね。
自分を嫌いになったり、自分に迷ったり、どうしたらしないで生きてられるんだろう。
そのさまに私は、私達は、どうしようもなく憧れた気がする。

312ページ:樹里亜の脳内


前回も書いたけれど、逢のような人間がこの世に何人いるのだろう。
純粋で、真っ直ぐで、自分の性質をありのまま認めて生きていられるような人間。
こういう人の話をされる時、私の頭の中で思い浮かぶ人は2人だ。
1人は予備校で出会った女の子。1人はインターン先で出会った社員の方。
私から見ればこの2人は、周りをとにかくハッピーにし、ほとんどの時間を笑顔で過ごし、誰に対しても優しく、自分のことを表現するのがとても上手だ。

彼らは逢のような人間なのか?そうだとしたら、彼らは鏡の向こうの自分が嫌いな誰かを、救えるような存在なのだろうか。

私も前はそんなふうに思えたのかもしれない。
でも今、言葉にしきれない渦に巻き込まれた世界で生きる私は こんな人たちも裏側で何かに苦しんでいるんじゃないか?と勝手な想像をせざるを得ない。
誰かと共に生きている自分を守るために、裏では戦っているのかもしれない。

こんなことを想像する余地もないくらい、自分の思うままに従って生きている小説の中の逢を、私は嫌いになることができない。


こんなふうに誰かのことを、「想像する」ことしか私たちにはできない。
そんなことが書かれたページがある。

考え続ければ、いつか答えが出るのだろうか。
想像が答えに辿りつくことはあるのだろうか。
もしも答えなどなく、曖昧な場所に立つ、曖昧な場所を見る、一人一人がその場所の名前を勝手に決めていいのだとすれば、それがどこであろうと、本当で嘘だ。
現実で作り話だ。
素の自分で、ストーリーだ。

317ページ:茜寧に自分のことを重ねる樹里亜

この文章を全て解釈するだけの能力が私には備わっていないけれど。
いくら想像しても誰かのことを100%理解することなんてできないから、その人と直接向き合おうと努力するのに。それでも何らかの形で寄り添うことに成功するのは、ほんの一部だけだ。

想像は答えに辿りつかないとわかっていてもなお、誰かの人生に想いを馳せてしまう。どうにかしたい、今を変えたいというこの状況は同情なのか、自分のことをただ重ね合わせている何かなのか、それとももっと救いようのない考えなのだろうか。



逢自身はというと、他人を勝手に解釈することを、恐れていた。
同時に、いくら気をつけたとしても、無自覚に解釈を押しつけてしまう可能性があると分かっている。
だからこそ、逢はいつも本音での対話を求めた。
完全は無理であったとしても、友人や家族と互いに心を曝け出せば、より真実に近い形での人間関係を結べる。自身にとってこれ以上ない結果だと信じていた。つい先ほどまで。

343ページ:逢の脳内

心を曝け出せる存在が、誰しも1人くらい必要である。私もそうは思っている。
ただこれが最上の正解でもないのだろう。

本当の自分を隠して、守って生き抜くことこそが 自分を孤独にしない生き方なのかもしれない。

何より「自分は全てを曝け出している」→「だから相手もそうしてくれる」という思い込み、誤解が…..
人と人との関係性の歪みを引き起こすのかもしれない。


誰かに愛されたい、とまで茜寧のように願っていなくとも、誰かの特別でありたいという願いは人の心を歪めるのかもしれない。
本音ありのままは綺麗事だと思いながらも、心のどこかで目指したい世界である。


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