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解説 ヴァルター・ライナー 《コカイン》
《コカイン》はドイツの詩人ヴァルター・ライナーによる、一九一八年に発表された自伝的中編小説である。
かれがいきたのは、いまからおよそ百年前のドイツであり、表現主義芸術の現場であった。表現主義とは、あえてその概略を紹介するならば、一九一〇年ごろから二〇年代初頭までのドイツにおける前衛的な芸術の傾向であった。そして、表現主義は「近代の終焉」との遭遇のもとでうまれ、その渦中のなかで死んだ「病める」芸
ヴァルター・ライナー 《コカイン》 第一章
第一章
囁きあう枝々のもとをトビアスが歩いていると、夜の闇が並木路の木々にだらしなくもたれかかり、かれの肩のうえに垂れた。かれはすすみつづけ、坂道をのぼってはくだり、気がつけばもうニ時間が経っていた。
時計塔(交差点に佇むブロンズの幽霊)はすでに十時半をしめしていた。いつまでも灰色がかった記念教会の巨躯のうしろで、数多のほのかな水玉模様にとけて夏の夜が死ぬころ、トビアスは出発した。——かれ
Jakob van Hoddis - 夢みる人 Der Träumende 訳
ヤーコプ・ファン・ホディス
夢みる人
–カイ・ハインリヒ・ネーベルに捧げる
静寂な色彩が燻っている、青緑色の夜。
かれはシュプレー川の紅い光線と
無残な戦車に怯えているのか? ここに悪魔の軍隊はやって来るのか?
影のなかを泳ぐ黄色い斑点は、
生気のない巨大な馬の双眸だ。
その躯体は裸で青白く、無力でいる。
薄色の薔薇が地球から膿んでいる。哀しみのまえに…
雪の結晶が落ちる。ぼくの夜は
喧噪
Jakob van Hoddis 詩5篇
表現主義の詩人、ヤーコプ・ファン・ホディス(Jakob van Hoddis)の黙示録的な詩を5篇、訳したものをまとめました。
†
世界の終わり
市民の帽子が尖り頭から吹きとぶ、
宙のあらゆるところで悲鳴が響めく、
屋根大工が落下しまっぷたつに割れて
岸辺では──新聞によると──高浪が打ちあがっている。
嵐がきた、荒狂う海が飛びはねて
地上では、巨大な堤防が倒壊する。
多くの人々が鼻風邪
Georg Heym - 生の影 Umbra Vitae 訳
Georg Heymの『生の影』(Umbra Vitae) を訳しました。
生の影
人々が通りの前線で立ち竦んでいる
そして空に浮かぶ巨大な表徴を見上げている
彗星が炎の鼻のような塵とともに
ギザギザの胸壁の傍を脅かしながら爬っている。
凡ゆる屋根に天体観測者らが犇めき、
彼らは大きな筒を空に向けて突き刺している。
魔術師たちは天井の穴々から起き出して、
傾斜した暗闇の中、彼らはひとつの星を