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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2021年10月の記事一覧

『土下座した』

『土下座した』

土下座した

店長がその日は居なかったから

それで済むならいいかなと思って

俺のバイト先のスーパー

そこで買った肉が

初めから腐ってたとかいういちゃもん

パックを見たらたしかにうちのだった

でもレシートないし

ラベルの日付は一週間も前

カネを返すわけにはいかなかった

だったら土下座しろっていうのが

客の言い分

本来ならこういうのは本部に通報して

対応も任せるのが筋なんだけど

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『「常にカウンターの裏にね、』

『「常にカウンターの裏にね、』

「そうなんです、当支店はなぜか強盗によく狙われるんです

「それでもこれまで、1円の損害もなく1人の怪我人も出していないと伺っています

「はい、これもひとえに行員たちの弛まない努力の賜物と、自負しております

「たとえばどのような方法で…

都会のど真ん中に店を構える○○銀行△△支店

老若男女

洋の東西を問わず

さまざまな人が行きかう街なかで

カウンター越しに刃物や銃を

突きつけられる

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『「俺だってそのくらいの倫理観はあるよ」』

『「俺だってそのくらいの倫理観はあるよ」』

「そうそう、だからあと10年もすれば…」

友人の口から発せられる言葉は刺激的で

「人間の脳細胞は、ほとんどAIに置き換えられて…」

友人自身がAIなんじゃないかと思うくらい

「ちなみにそのAIは○○国製ね、笑っちゃうけど」

冷たさというか

残虐さというか

つまりは

とても血が通っているようには

思えない発言の連続

「研究者にとっては当たり前なんだけど」

不勉強な私たちのことな

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『花の名前を知らないから』

『花の名前を知らないから』

花の名前を知らないから

季節を語れない

だってそうでしょう

暑いとか寒いとか

そんな言葉だけで

綴れるシロモノじゃありませんから

花の名前を知らないから

愛を語れない

だってそうでしょう

好きとか嫌いとか

そんな言葉だけで

綴れるシロモノじゃありませんから

花の名前を知らないから

人生を語れない

だってそうでしょう

楽しいとか辛いとか

そんな言葉だけで

綴れるシロ

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『顛末を聞いた母は』

『顛末を聞いた母は』

一人娘だった母は

祖父が創業した会社を引き継いで

いまや国内では知らないものはおらず

海外にも多くの拠点をもつ

国際企業にのし上げた

一人息子の俺は

そんな敏腕経営者である母の秘書として

出来がいいとは言わないまでも

それなりの仕事っぷりだと自己評価している

父は祖父に拾われて

この会社に長く勤めていたものの

働くことが嫌になったのか

早期退職をして

毎日ゴルフばっかり

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『オフィスビルの庭園には池があって』

『オフィスビルの庭園には池があって』

オフィスビルの庭園には池があって

晴れた日には

コンクリートに薄く張られた水が

日差しを浴びてキラキラしている

曇りの日には

水面は沈黙を貫く

朝夕や昼時となると

働き者たちが右へ左へ

この池のまわりを行きかう

通路との段差はごくわずか

だから池に気づかず

片足をポチャリとつけてしまうものもいる

あぁ危ないと

ちょっとした柵が

池を囲うようにしつらえられた

景観を損ね

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『「現代を象徴するような、多様的な』

『「現代を象徴するような、多様的な』

「事件当日の○月○日午後11時頃。K村Y美さんあなたは、被害者Sさんの自宅アパート前にて、仕事から帰宅するSさんを待ち構え、自分以外に女がいるんじゃないかと問い詰めた。これには目撃情報もありますし、アパート入口の防犯カメラにも映っていた。間違いありませんね?」

「はい…間違いありません…」

「その後、人目をはばかったSさんが自室に促した。室内では更なる口論が繰り広げられ、やがてカッとなったあな

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『俺がボールを扱うのは』

『俺がボールを扱うのは』

俺がボールを扱うのは

左足だけ

「監督、だまされちゃいけませんよ」

とある名門高校サッカー部のセレクション

来年の新入生の特別推薦枠を選ぶイベント

俺は地元の中学校で

"孤高のレフティ"の異名を授けられている

その噂がこの高校の監督の耳に入り

監督から直々のご指名で

セレクションに招待を受けたというわけ

「まったくの無名ですよ、試合で見たことが…」

コーチと思しき人物が

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『流星タクシー』

『流星タクシー』

すでに俺は行き詰まっていた。仕事もプライベートも、まったくもって上手くいかない。

珍しく命じられたM市への出張。日の高いうちに商用を済ませて、ローカルな赤ちょうちんののれんをくぐることにした。

「そんなら流星タクシーに乗ったらー」

店主が言う。城跡だ郷土資料館だまわっても仕方ない、ぜひとも地元ならではのタクシーを利用することを勧めたい、と。

「ホテルは近いんか?」

ワンメーターでは済まな

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『漢文の本のいくつかが』

『漢文の本のいくつかが』

頭が良いと思われたくて

若い頃は

読みもしない難しそうな本を買っては

本棚に並べていた

あぁそう

未だに

有識者のインタビューとなると

背景になりがちな

あぁいう感じ

書店に行ったらもちろん

ジャケ買いならぬ

背表紙買い

難しそうならオーケー

ジャンルすらよくわからない

ワンルームのくせに

書斎気取りで飾って

日夜本棚を眺める

友達をそれとなく呼んで

すごいじゃ

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『「じゃあレイラさん』

『「じゃあレイラさん』

「レイラさんも美術館巡りとか、お好きなんですよね?

「そう、ですね。けっこう一人でも気になる展示は行っちゃいます

「現代美術ですか?それか…あとは絵画が好きとか彫刻がとか

「なんでも見ますけど、割と現代っぽいほうが好みかもです

「そうなんですね…

好みだ

そろそろ結婚をと考え

マッチングアプリに登録した

かなり詳細に自分のプロフィールや

相手に望む条件を入力した

最初に提案され

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『予定と、その予定を確認したかの、確認』

『予定と、その予定を確認したかの、確認』

「あの、もしもし週刊〇〇の記者△△さんですか?

「そうですけど?

「こないだメールで送った予定、ご覧いただけました?

「ん?なんすかそれ?ってどちらさん?

「僕が送った予定と、その予定を確認したかの、確認です!

「はぁ?

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週刊〇〇 芸能部△△様

はじめまして。XX事務所所属、芸歴1年目のお笑いコンビ「猿山タウン」のコージこと、鈴木浩司と申します。

将来、僕が賞レースで

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『後ろめたさがあるわけですから』

『後ろめたさがあるわけですから』

毎日会社で

あなたを見るのが苦痛です

それは失恋の痛みなのでしょうか

もうそんなことは

とうに忘れてしまいました

あなたみたいなひとを

なぜかつてのわたしは

好いてしまったんでしょう

あなたの傍若無人な振る舞いが

とても許せません

わたしの苛立ちをわかって

そんな行動を取っているのでしょうね

同僚のデスクに飛び乗り

踊り出す

役員の後頭部を

突然叩く

そんなことをし

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『散会』

『散会』

いまから遠くない未来のはなし

日本政府が莫大な研究費と歳月をかけた

純国産有人ロケット「粉雪」が

ようやく完成

なおかつ

木星着陸に成功し

無事に帰還するという

快挙を成し遂げた

クルーも

私を含めた全員が日本人

種子島宇宙センターに帰還した私たちを

世界中のメディアが取り囲んだ

無事に帰還こそ果たしたものの

当然のことながら

ミッションの最中は

試練に次ぐ試練だった

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