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『「俺だってそのくらいの倫理観はあるよ」』


「そうそう、だからあと10年もすれば…」


友人の口から発せられる言葉は刺激的で


「人間の脳細胞は、ほとんどAIに置き換えられて…」


友人自身がAIなんじゃないかと思うくらい


「ちなみにそのAIは○○国製ね、笑っちゃうけど」


冷たさというか

残虐さというか

つまりは

とても血が通っているようには

思えない発言の連続


「研究者にとっては当たり前なんだけど」


不勉強な私たちのことなど

気に留める気配すらない


「それであんまり悔しいから」


とはいえ

人間らしい言葉を放つときもあるから

友人も捨てたもんじゃない


「その人工的な脳細胞を滅する薬をさ」


希望の光が見えてきたのかな

あるいはテクノロジーの進歩を阻害するような


「俺だってそのくらいの倫理観はあるよ」


ちょっと疲れがきたので

取材ノートの手を止めたいと

友人に伝えた


研究所内のカフェテリアで

仕事抜きの

雑談をすることにした


「カフェラテ。無脂肪で」


学生の頃から友人はずっと変わらない

いっぽう私は

コーヒーが苦手なので

オレンジジュースを注文


「使えるところあった?」


つまり記事に出来るようなインタビューかという

記者である私に対しての

友人なりの気遣い


「そろそろな、俺ココを辞めようと思うんだ」


思ってもみなかった


人工細胞を人間の脳内に埋め込んで

完全なるAI社会を実現するという目論見

それを夢半ばで


「だってさ、AIがコーヒー飲みたいってなったら…」


そうなんだよ

コーヒーが苦手な私の脳細胞

仮にその一部だけがAIに変わったら…


いやいや飲まされるコーヒーを

自然由来の脳細胞は

どう処理するのか


「そんなの、嫌だもんな」


そう言って

目の前にドスンと

国語辞典よりも分厚いファイルを

友人は置いた


その勢いで

ちょっと前に運ばれてきた

友人のカフェラテと

私のオレンジジュースが

波を立てた


「これ、シュレッダーにかけるわ」


ファイルの中身を見せてもらう

人工脳細胞とやらの

設計書や研究レポート

そんなものが綴じられているようで


「実家に帰って、親父と農業やるわ」


そんなに甘くはないぞと返しつつ

私は安堵で胸をなで下ろした


ところで訊きたい


友人よ

そのファイルに綴じられた書類を

シュレッダーにかけるだけで

すべてのノウハウが失われてしまうような

チープな研究だったのか?


なぁ

そんなものだったのか?









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