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『散会』


いまから遠くない未来のはなし


日本政府が莫大な研究費と歳月をかけた

純国産有人ロケット「粉雪」が

ようやく完成

なおかつ

木星着陸に成功し

無事に帰還するという

快挙を成し遂げた


クルーも

私を含めた全員が日本人


種子島宇宙センターに帰還した私たちを

世界中のメディアが取り囲んだ


無事に帰還こそ果たしたものの

当然のことながら

ミッションの最中は

試練に次ぐ試練だった


またクルーたちは

選考や訓練の過程といった

常人の理解を超えているであろう困難を

数年に渡り共にしたという

固い絆で結ばれていた


セレモニーや

取材などをひととおり終えて

私たちクルーは散会


私を含めた

関東近郊に住む面々は

種子島から羽田へ


久々の東京に降り立った

さすがに報道陣もここまでは来ていなくて

クルマの騒音と排気ガスすら心地よい


スーツケースが

ベルトコンベアで運ばれてくるのを待ちながら


「ったく政府もさ、タクシー代くらい誤差だろケチるなよな」


6人いた羽田組のうち最年長の中村さんが

そう愚痴る

他の4人は早々にスーツケースをピックアップし

それぞれ散っていった


「吉田君は、どうすんの?」


交通手段のことを訊いているんだろうと察したので

エアポートシャトルで

つまりはバスで帰りますと答えた

中村さんは東京モノレールで浜松町まで行くらしい


「お、あれ俺のだ、じゃあな」


ピックアップを終えた中村さんは

モノレールの改札へ消えて行った


ほどなく私の荷物も拾うことができ

ちょうどのタイミングで練馬行きのバスに乗り込む

城北エリア方面のシャトルバスは

羽田を出るとすぐに地下へ入ってしまうから

夜景を楽しむ暇はない


渋滞に巻き込まれることもなく

練馬駅に着いた私は

西武線に乗り換えて

最寄の江古田へ


「あれ?吉田君?」


さっき別れたばかりの中村さんだ

なんと住まいが同じ江古田ということだった


「何年も一緒にいたのに知らないとはね」


線路を挟んでこっちとあっちといった誤差こそあれど

こんな確率ってなかなかないよなと

中村さんは言う


「一杯、いく?」


大賛成だった

私も中村さんも同じ焼き鳥屋が

お気に入りだった


木星から帰還した私たちが

江古田の路地裏で




※木星に地表はありません

※固有名詞ばっかりですいません





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