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『傾聴力』 大津秀一

現代人は、昔の人に比べると死について考えることは少なくなってきていると言われています。これは寿命の高年齢化などの影響もあると考えられており、ついつい死について忘れてしまうのが現代人だと言えますね。
そんな風潮の中、実際の社会は孤独死などが問題視され始めているように、知らないところで亡くなっている方が増加してきています。
今後もこの傾向はより顕著になっていくと推測されており、本書で指摘されているように、多死社会が既に到来しつつあるのが、現代社会の隠れた実態だと言えます。その為、孤独や不安を抱えながら、日々を過ごしている方もいらっしゃるかと思います。
今回は、緩和ケアの第一人者である大津秀一という、多くの亡くなっていった終末患者のケアを通して、その実体験から書き記した、「傾聴力」に関する内容を綴っていきます。

・傾聴力とは?

本書では傾聴力とは、「お互いを支える技術」と定義しています。自分で自分を支えることは前提としつつ、お互いが助け合うことが可能な時代であるべきだとしています。これは、SNSなどのネットワーク上でのつながりではなく、もっと深い部分での相互理解を意味しています。著者は、終末期の患者に対して、緩和ケアを何人も処置してきており、そこから、「心と技術」をもって、悩んでいる方たちだけではなく、自分をも救う意味で傾聴力が必要になってくるとしています。又、多くの人が困難を抱える時代において、お互いがしっかり支えられることのできる社会が築かれる必要があるともしています。

・序章「聞くこと」と「聴くこと」の違い

序章では、「聞くこと」とは、単純に相手の話を聞くこととしており、対して「聴くこと」は徳をもって耳を傾けることを意味しているとしています。「聴くこと」は、人を支え、苦悩を癒し、乗り越える技術を提供することができるとしています。その為、「傾聴」とは治療的対話になりうるとしています。

・第一章「聴くため」に必要な「心の持ち方」

この章では、長年営業している薬局がなぜ潰れないのかに着目しており、その理由は、そのお店の薬剤師である店主が、お客さんの話を聴いてくれているからだとしています。毎回通ってくれるお客さんの愚痴を聴いたり、悩みを聴いていたりしたことで、傾聴が信頼関係を築いてくれることに繋がっている例として取り上げています。ここで一番大切なのは、困った人を支えたいという気持ちであり、誰でもそういった困っていること、即ち、悩みは必ずあるものとしています。
本書では、四苦八苦という古来より使用されている言葉を用いて、人間が根源的に持つ、悩みについて解説しています。この悩みとは、具体的に、

① 身体の苦しみ:例えば、身体の一部の機能に支障があるなど

② 精神的な苦しみ:例えば、不安、苛立ち、孤独感など

③ 社会的な苦しみ:例えば、仕事がない、経済的に苦しいなど

④ スピリチュアルな苦しみ(=スピリチュアルペイン)

の4つの悩みを挙げています。スピリチュアルペインは心霊主義などとは違い、「存在の揺らぎの苦しみ」だとしています。これは、例えば、生きる意味、虚無感、疎外感などを意味しており、自己の存在の意味を見出せないことに起因する苦痛だとしています。本書では、人間には本来、自然治癒力があるので、環境が整えば、誰でもこれらの悩みから回復することが可能であるとしています。そこで、重要となる環境をどう整えるのかという部分で、先述の傾聴力が必要になるとしています。

第二章 生と死をどう捉えるか?

この章では、現代人は死について考えるよりも、先述のように生きる意味について、考える人が圧倒的に多いと指摘しています。日本人はこれまで、死については、無常観という観念で死を乗り越えてきた経緯があるとしています。又、死については、仕方のないこととして、死を受け入れる力を持っているとしており、いかにして今を楽しく生きることができるのかを考えることが出来る精神を持っているとしています。
 本来は今に集中できる精神をもっているが、何らかの悩みの為に、生きる意味を見出せない人たちに対して、どういったアプローチで、回復してもらうのかを考えた時に、傾聴力が効果を発揮するとしています。つまり、生きることには、常に意味があるということを再構築してもらう為の技術として、「聴くこと」が重要になるとしています。その為、苦悩している人の悩みを聴いても、必ずしも答える必要はないとしています。

第三章 聴くための技術

傾聴には、「心と技術」の双方が大切だとしており、以下の3点を大切なポイントとして挙げています。

① その方の一番気がかりとなっていることを聴く

② 一番気がかりなことだけではなく、先述の4側面(身体的、精神的、社会的、スピリチュアル)の観点から聴く

③ その方の物語を意識しながら聴く

可能であれば、今に至るまでの経過を話してもらい、そこから、その方の物語や背景を掴むようにします。注意したいのは、聴く際に、言葉だけではなく、非言語も大切にするということです。これは、適切な場面での沈黙も含まれており、聴く態度も大切だとしています。その為、本書では、傾聴には、「心と技術」、「心と型」のどちらも大切だとしています。
又、話を聴くためには3つのポイントがあるとしています。

① 落ち着ける環境を探す
② 礼儀正しく聴く
③ 聴く態度を明確に示す

特に③の聴く態度を明確に示すについては、さらに5つの態度を示しています。
 
 ・評価的態度:思考や行動の良し悪しなどの判断をして伝える態度
 ・解釈的態度:苦しみの原因に対して理由を一方的解釈し、伝える態度
 ・調査的態度:私的な事項を情報収集・調査するよう努める態度
 ・支持的態度:苦悩者の考えや行動を認めて支持し、伝える態度
 ・共感的態度:苦悩者の立場に立って理解するように努め、伝える態度 

本書では、この中でも、支持的態度及び共感的態度で傾聴した方が、相手の話を聴くことができるとしています。その為、これらの態度で聴くことは、相手の物語の再構築を手伝うことに繋がりやすくなるとしています。
又、傾聴の際の流れとしては、聴く→質問する→応答する→共感する→聴くということが基本となりますが、この中でも質問が特に大切だとしています。注意したいのは、質問の際に明確な質問は避けることだとしており、受け手の自由な応答を促す質問のことである、「開かれた質問」を意識するべきだとしています。

第4章 傾聴にまつわる悩み

この章では、人の話を聴く際によくある悩みとして、以下の点を挙げており、その際の対応方法を記載しています。

・話の切り出し方を考える
→「開かれた質問」を意識してみる。

・何から話せば良いか
→故郷の話など、身近な話題から話すことを意識してみる。

・気の利いたことが言えない
→気の利いた事よりも、その人の悩みを聴く気持ちが大切だとしている。

・誤解が多い
→言葉の選び方とそれを伝える際の非言語的要素に十分注意すれば誤解は減る。

・感情を剥き出しにされた場合
→素で勝負しない。

・答えにくい質問の場合
→無理に応える必要はない。

・解決不可能な問題の答えを求められた場合
→目標指向型アプローチを目指して、あくまでも建設的な方向にもっていくようにする。

 最後の解決不可能な問題の答えについて問われた際は、人は必ず病気になり死ぬという前提に立ち、完全に受け入れることができないことは仕方ないとしています。その為、受け入れるのではなく、「受け止める」ことはできるので、そこを傾聴のゴールとしています。

終章 物語の力を知る

終章では、人はそれぞれ素晴らしい物語があるとしており、忙しい現代では、聴くことよりも、即応性を求められており、じっくり聴く機会も減ってきていると指摘しています。その為、素晴らしい物語をもっているにも関わらず、悩んでいる方が増えてきている中で、傾聴力を通して、相互に理解していく必要があるとしています。
 誰でも素晴らしい物語を持っているので、その物語を見出す技術である傾聴力を、如何に大切にしていくことができるかが、今後、求められているとしています。又、その技術は社会に必要になっていくとしています。

まとめ

現在SNSなどのコミュニケーションが発達していきている一方で、対人での深いコミュニケーションは減ってきていると言えます。雇用環境においても、年功序列制度を前提とした長期雇用制度が崩壊し、成果主義に移行する中で、自己の根源的存在意義を見出す機会がどんどん限られてきていると言えます。又、長寿化によって、高齢者の寿命が延びているのは嬉しいことですが、独り身になってから孤独死するケースが相次いでニュースになるなど、報道を通して、目にする機会が多くなってきています。
その為、本書で指摘されている多死社会の到来はすでに起き始めていると言え、今後、誰もがあらゆるライフステージの段階で、困難を抱える可能性は十分にあると推測できます。  
傾聴力は自分自身の為になり、又、相手の為にももちろんなるという技術であり、誰もが本来持っている素晴らしい物語を見出す為には、必要な技術であると言えます。本書は、鋭く現代社会の問題点を指摘しており、その問題点を如何に前向きに解決していくのが良いのかについて、傾聴力の解説を通して教えてくれています。その為、どの年代の人でも、大切な学びを得ることができます。
 



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