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●ショートショート●

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これまでに書いた短編小説、ショートショートをまとめたものたち。
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#創作小説

 【ショートショート】 ガラス越しのバス停

【ショートショート】 ガラス越しのバス停

そのバス停の近くには、古いたばこ屋があった。

電子たばこや自動販売機が広まっている今、そのたばこ屋はなかなか流行っているとは言い難い。

それでもバス停に用事のある人がひょいと立ち寄るくらいの場所にあるものだから、バスの利用者が悪気なく、店の前のベンチを使う。
お店のやりくりをしているのは、白髪で背の低い一人のお婆さんで、バスの利用者がバスを待つついでにベンチに座り、お婆さんと談笑するようなこと

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【ショートショート】 小川さん

【ショートショート】 小川さん

「俺、見ちゃったんだよね…」
 その朝、いつもの電車に乗るべくホームで合流するや否や、リョウタが嬉々として話しだした。
「なになに」
 俺は、つけていたイヤホンを片付けながら相槌を打つ。
「昨日の夜、結構遅い時間に小川さんが、駅前でおじさんと歩いてたんだよ」
「え、どういうこと」思わず手を止めてリョウタの顔を見た。
「いや、わかんねえけど。うちの制服だなーって見てたら、小川さんだった。つか、あれは

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【ショートショート】 流れ星のゆくところ

【ショートショート】 流れ星のゆくところ

「きみ、もう少し静かに歩きなさい。さもないと、せっかくここまでたどり着いた星たちが、驚いて散ってしまいますよ。そうそう、上手。」

 ざあん…ざあん…と、波は一定の律動で行ったり来たりしています。その音に耳を傾け、その動きに足先を浸しながら、私は姉さまの言葉を胸に、よりいっそう気をつけつつ波打ち際を進みます。
 姉さまは波の上を漂うように、ゆったりと私の少し先を美しく進んでいきます。何となく、その

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【ショートショート】 ポケットの中の流星

【ショートショート】 ポケットの中の流星

──流星群が、本日未明より東の空で見えるかもしれません!

 何の気なしに流していたラジオから、そんな声が聞こえた。今夜はお天気がいいからきっといろんなところで見ることができますよ!と明るい声が続ける。
 星にさほど興味はなかったけれど…ふうん、と思いながら壁に掛かった時計を見上げる。時刻は24時前。未明って何時くらいのことをいうのだろう。

 ぼんやり取り留めないことを考えながら、光る予定もない

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【ショートショート】 夢見の電車

【ショートショート】 夢見の電車

 私が彼女を見かけたのは、ある仕事終わりの電車の中だった。その日は寒い日で、私は仕事の疲れもあり、座席のヒーターの温もりにとろけながら座っていた。
 それなりに人がいる車内で、彼女は向かい側のドア付近に立っていた。特段代わり映えのしない、見慣れた日常の風景だったのだが、どうしても彼女に目がいってしまったのは、彼女が泣いていることに気がついたからだった。

 彼女は声を出さず静かに窓の外を見て、ただ

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【ショートショート】 宇宙人との交信

【ショートショート】 宇宙人との交信

 「宇宙人って、いると思う?」
 「…また突然だな、何の話だよ」
 「いいから。いると思う?」
 「…俺はいないと思う」
 「そっか」
 「お前は?いると思うの?」
 「うん。僕は、いると思う」
 「ふうん。…なんで?」
 「いないって、言い切れないから」
 「…何だそれ」
 「だって、宇宙広いしいるかもしれないじゃん」
 「それがアリなら、逆にいねえかもしんねーじゃん」
 「“いないかも”しれな

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【ショートショート】 夢みくじ

【ショートショート】 夢みくじ

 ーー大切なものは、その腕に抱きしめられる分だけしか、持ち続けることはできません。新しい「大切なもの」ができたときは、何か一つ、これまで抱きしめていた「大切なもの」を手放すときなのです。どれだけ惜しくても、欲張りは禁物です。それが、今あなたの腕の中にある大切なものを、できるだけ長く大切にするための秘訣かもしれませんーー。

 おみくじの内容を見て、思わずドキッとした。

 その日、私はどうしても仕

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【ショートショート】 駅前ラプソディ

【ショートショート】 駅前ラプソディ

 私は、人を待っている。
 かれこれ5時間以上、この駅前のベンチに座って、待っている。連絡も来ない相手を、素直に待ちすぎである。
 いろいろわかっているけれど、立ち上がる気力がわかなくて、待ち続けている。

 大都会から少し離れた駅とはいえ、さすが駅前。それなりに人通りがある。
 改札という目的地を目指して、私の前を通り過ぎて行く人ばかりなので、この駅前という空間にいる登場人物は、刻一刻と移り変わ

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【ショートショート】 ある不思議な夜のこと

【ショートショート】 ある不思議な夜のこと

 ふと何かの物音で目を覚まし、寝ぼけ眼で時間を確認すると、時計はちょうど午前3時を回った頃だった。
 寝返りを打つのも億劫なくらい体中は重く、燃えるように熱い。昼間に感じた倦怠感は、見事にひどい頭痛と発熱を連れてやってきた。

 (明日からの連休は引きこもって終わりかな……。)

 ため息をついて改めて布団に潜ろうとした瞬間、妙なことに気がつく。消したはずのキッチンの電気がついているのだ。1Kのこ

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 【ショートショート】 好きなこと、得意なこと、したいこと。

【ショートショート】 好きなこと、得意なこと、したいこと。

 「つまり何が言いたいかというとね。」

 まどかは土手の草むらに寝転んだまま、いろいろ長く語った後、いきなりぐいっと体を起こして、自分自身に言い聞かせるように力強く言った。「私ちょっとやってみようと思うわけよ!」

 何の話をしてたんだっけ、正直しっかり聞いていなかったから展開についていけない。

 「・・・なるほどね。」ものすごく適当な相槌を打つ。そんな返事でも彼女は満足したらしく、うんうんと

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【ショートショート】 15分のつづきは

【ショートショート】 15分のつづきは

 いつも通りの時間に電車を降りる。そのまま改札を出てバス停に向かう。いつも通りの時間にバスが来る。混雑を避けて、他の子たちより数本早いバスだ。いつも通りの場所に、きみは座っている。私は素知らぬ顔をしてきみの姿が見える位置に行き、カバンから英単語の本あたりを出して勉強をしているフリをする。これが、もうかれこれ2年半以上続いている毎朝のルーティン。

 きみはいつもイヤホンをして窓の外を眺めている。ど

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