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【ショートショート】 ポケットの中の流星

──流星群が、本日未明より東の空で見えるかもしれません!

 何の気なしに流していたラジオから、そんな声が聞こえた。今夜はお天気がいいからきっといろんなところで見ることができますよ!と明るい声が続ける。
 星にさほど興味はなかったけれど…ふうん、と思いながら壁に掛かった時計を見上げる。時刻は24時前。未明って何時くらいのことをいうのだろう。

 ぼんやり取り留めないことを考えながら、光る予定もない携帯の画面を裏返してローテーブルに置いて、手持ち無沙汰に胸まで伸びた毛先をもてあそぶ。
 冬はこんなに寒かったかと思うくらい、今日は随分と冷えた。いまだに気が乗らず、厚手のコートを出せていない自分を呪う。いい加減、明日にはクローゼットの奥から発掘せねば。

 もう眠ってしまおうかとも思ったけど、次の日に予定がない休日前夜の、この貴重な時間に眠ってしまうのが惜しくて、ゆるりと夜を漂っていた。

 冷たい指先を擦り合わせたとき、しばらく塗り替えていないネイルに気がつく。不意に「今だ」と思い立ち、ネイルを塗り替えることにした。
 マニキュアを選ぼうと、ソファーから立ち上がり棚に手を伸ばしたとき、先日友人たちとショッピングに出かけたときの会話が脳裏を過ぎる。

──「ハナは寒色似合わないよねえ。」「確かに!」

 ブルベだかイエベだか、私には縁遠い言葉を矢継ぎ早に口にしながら、彼女たちはきゃあきゃあはしゃいでいた。
 それに適当に合わせて笑って過ごした私は、一体どんな顔をしていただろう。気の置けない者同士のやり取りで、決して言葉以上の意味なんてなかったと思う。それはわかっているのだけど、わかっているはずなのだけど、言われた言葉が心の隅に引っかかって、ネイルカラーを選ぶ指に迷いが出てしまう。

 私は寒色が好きだった。

 いつだってそうだ。人の意見なんて気にせず、自分の気持ち優先で生きているはずだけれど、いざその意見を目の前に突き出されると、簡単に蔑ろになんてできない。しかもそれが自分自身のことだと、特に。

 手に取りかけた深いブルーのマニキュアをそっと戻して、淡いピンクのものを手に取る。
 私は、何を気にしているのだろう。好きな色をつけたらいいのにと思う自分と、似合わないと言われたことを気にしている自分が、心の中でぐるぐるとする。

 すっかり気持ちが萎んでしまって、手に取ったピンクも棚に戻し大きなため息をついた。
 時計を見ると、深夜1時前。「未明」にはまだ時間がある気がするけど、ふと流星群のことを思い出した。

 明日にしようと思っていたけれど、勢いに任せてクローゼットの奥をあさり、コートを見つけ出す。なんだ、その気になって探してみたら、案外すぐに見つけられたじゃないか。
 ちょっと気が楽になった私は、部屋着だったけど何となくそのままの格好でコートに袖を通して、携帯と部屋の鍵だけ持って家を出た。

 冬の夜は寒い。
 吐く息は白く、鼻から空気を吸うと目の奥がツンとした。空を見上げる。でも街の明かりが賑やかすぎて、星なんて一つも見えない。
 そのままコートに首を埋めて、街のはずれの公園を目指す。あそこならそんなに明かりはないはず…。

 走る一歩手前のような急ぎ足で向かった結果、公園に着く頃にはすっかり体は温まって息が上がるくらいだった。思っていたとおり、周りはほどほどに暗かった。それでも似たようなことを考える人がはいるもので、ちらほらと人影があった。

 それぞれが思い思いの場所で、同じ夜空を見上げている。ここにいる人はみんな同じ目的でここにいるのだ、と勝手に親近感を抱いた。
 ぐるりと周りを見渡して、人がいない築山に足を向けて、それを登る。ほんの少しだけ星が近くなった。

 視界に明かりが入らないように、首が痛くなるくらい顔をあげて、目に映る全部を星空にした。流星が見える方角はどっちなんだろう。それも知らずにここまできた自分の、勢いに任せた行動に少し笑ってしまう。

 でも、いいの。見ていたらいつか見える気がして、そのまま空を見続ける。すると、だんだん目が暗闇に慣れてきて、見えていなかった小さな星に気がつくようになる。

 暗ければ暗いほど、星はよく見える。
 見ようと努めなければ、見えないものがこの世界にはたくさんある。いろんな気持ちが、どんどん溢れてくる。ただ、夜空を見ているだけなのに。

 深呼吸をする。
 ゆっくり目を閉じる。
 うまく言えないけれど、ザラザラしていた心の底の方がゆっくり落ち着いてきたような感じがする。
 気がつかなくてもいいことや、考えなくてもいいことが、静かに夜風に溶けて消えていくような想像をする。

 したいことを、しよう。そっと、そう思う。
 ゆっくり目を開けると、そのタイミングを見計らったかのように、一つの流星が視界を横切る。周囲から「わあ!」という歓声のようなものが小さく上がる。

 流れていった星を、掴まえて握りしめるような妄想を、する。そっとポケットの中で爪を撫でて、帰ったらネイルはやっぱりブルーに塗ろうと、決めた。


(2044文字)


=自分用メモ=
オチやまとまりを二の次にして、一文一文を短めにしたり、倒置法を使ったり、どうしたら今までと異なるテイストの文章になるかということを探りながら書いた。だんだん自分の文章の癖が見えてきた気がして、少し興味深い気持ちになった!

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