【ショートショート】 ガラス越しのバス停
そのバス停の近くには、古いたばこ屋があった。
電子たばこや自動販売機が広まっている今、そのたばこ屋はなかなか流行っているとは言い難い。
それでもバス停に用事のある人がひょいと立ち寄るくらいの場所にあるものだから、バスの利用者が悪気なく、店の前のベンチを使う。
お店のやりくりをしているのは、白髪で背の低い一人のお婆さんで、バスの利用者がバスを待つついでにベンチに座り、お婆さんと談笑するようなことも、ままあった。
人通りがものすごく多い訳ではないけれど、街の人が生活をする上で、何となくお店のことや店主のお婆さんを気にかける様子が感じられて、微笑ましく感じることもあった。
どこにでもある、普通のたばこ屋で、普段バスを使うことのあまりない私が、そのたばこ屋の様子に詳しいのは他でもない。
その店先に置かれた、大きな水槽が気になり、通りすがりによく覗いていたからだった。
その水槽は、二人掛けベンチの横幅と同じくらいのサイズをした、とても立派なガラス製のものだった。
大きな水槽の中を、悠々と小魚たちが泳ぐ。私は魚の種類には疎いので、それが金魚以外の何かであるということしかわからなかったけど、よく立ち止まって覗いていた。
鰭の綺麗な数匹には、大きすぎるくらいの水槽。射し込む陽の光が、水草に絡まってはゆらゆら揺れるのを見るのは、時間を忘れるくらい楽しかったのだ。
何の変哲もないと言えば、それまでなのだけど、水槽をよく見る私は、ある日その中の魚がわりと高頻度で変化していることに気がついた。
魚が亡くなって、足したのだろうか。なかなかコスパの悪い頻度だなと気がついたのは、つい最近のことだ。
そのことに気がついてから、私はなぜかよりいっそうこの水槽が気になり、少し遠回りになることも厭わずに、たばこ屋の前をわざわざ通って帰ることをするようになった。
今日もぼんやりと水槽を眺めていたら、バスを待つ人とお婆さんの会話が耳に入る。
「…なあ、そういや二丁目の長谷川さんちの娘さん、やっぱり帰ってないらしいぞ」
「おやまあ…。たまに顔を見せて、挨拶してくれるようないい子だったのに、どこに行っちまったんだろうね」
「さあなあ…。一ヶ月前の佐藤さんとこの旦那さんも、まだ捜索願は出たままでーー」
ーーキラリ。
二人の話に聞き耳を立てようとしたとき、私は水槽の中に見たことのない鰭の反射を見た。おかげで、水槽の中にまた新しい魚が入っていることに気がつき、そのことに一気に気を取られる。
初めて見る新入りは、ブルーの尾鰭が目立つ子だった。こんなに綺麗な魚は初めて見た…!夢中でその子を目で追いかける。
その子の向こう側に、だいたい一ヶ月ほど前に気がついたら追加されていた、ヒゲのような触覚を持つ魚がすいと横切る。
どちらも目に鮮やかで、見入ってしまうくらい美しかった。
時間を忘れて、まさに「水槽に張り付いている」私に気づいた、店主のお婆さんが「そろそろ店じまいしますよー」と声をかけてくれるまで、私はその場を離れられなかった。
「あっ、すみません」
「ふふふ、いいのよ。いつも熱心に見てくれてるわね。お魚、お好きなの?」
「いえ…そんなつもりなかったんですけど、何故かこの水槽を眺めると夢中になってしまって…!」
焦って帰り支度をする私に、お婆さんは「この水槽が、好きなのね」と言った。
私は思わず、「ええとても!」と答え、その勢いを少し恥じながら、挨拶をしてその場を離れた。
その夜、不思議な夢を見た。
あの水槽のブルーの尾鰭の子が、あの水槽の中から、私に向かって言ったのだ。
「ーー次は、お前の番だよ」
何の?と聞こうとした瞬間、私は水の中にいることに気がついた。
慌てて息をしようともがき、その冷たさに震える。
思いっきり足を動かした瞬間、何かに強く頭を打ちつけてしまった。クラクラしながら、ゆっくり目を開けると何か透明な板が目の前にあった。
「…ガラス…?」
暗闇に目が少し慣れてきた私の視点の先に、ガラス越しのバス停があった。
(1628文字)
=自分用メモ=
少し今までと傾向を変えて、ホラー寄りなものを書いてみようと挑戦してみた。伏線を貼るのが少し強引だったが、読む人がオチの部分で「え?」となってくれたら嬉しい。いろんな説明をできるだけ端折って、直線でオチまで駆け抜けるように心掛けた。
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