たちばな

過去の体験談などを綴っていきます。

たちばな

過去の体験談などを綴っていきます。

記事一覧

9/2 am11:51 新宿

サウナの中の湯気のような空気を吸い込み、吐いた。 暑い。熱い。あつい。 茹だるような暑さの中、タイミング悪く引っかかった赤信号を見つめながら歩みを止めた。 そう…

たちばな
2日前
35

初めてその字を見たとき、書きづらそうだなと思った。 ″たちばな″と読むその漢字を、何回か紙に書いてみた。 やっぱり書きづらかった。 でも、ちょっとだけ可愛く思え…

たちばな
10日前
38

絵②

高校二年の春。 一人抜けて三人になった美術部は、来年度から廃部することが決まった。 それまでも部として機能していなかったし、コンクールに応募したりだとか、そうい…

たちばな
13日前
47

保育園の頃、年長さん達の卒園式にあわせて、園のみんなでアルバムを作ることになった。 私はアルバムの表紙に、スイカの絵を描いた。緑色のクレヨンで、スイカのまあるい…

たちばな
1か月前
54

カーテンコール

鳴り止まない拍手の中、役者がお互いを称え合う。 「役者」が「人間」に戻り、「観客」が「自分」に戻る瞬間。 たくさんの「ありがとう」を拍手にのせて、同じ時間、同じ…

たちばな
3か月前
82

他の人と比べてすんなりいかないことが多いなあと、よく思っていました。 たとえば、算数の宿題。 Aちゃんは100円、Bちゃんは50円持っている。 Bちゃんが持っているお金…

100
たちばな
3か月前
27

靴のはなし

1年前。 今の家に引っ越した私は、新生活1日目にして頭を抱えていました。 靴の底が取れた。 数秒前までは、スニーカーだったはずのもの。 靴底がつま先のところからベ…

たちばな
3か月前
134

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話【最終話】

親戚一同、有象無象、魑魅魍魎、阿鼻叫喚。 この世に存在するありとあらゆるカオスが集まったような異様な空間で、私と友人は作業することを余儀なくされました。    …

たちばな
3か月前
215

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑨

私が実家から逃げ出してきたことに、誰よりも驚いていたのは母でした。 きょうだいの中で一番慎重で手がかからない子。幼い頃からのそんなイメージをかなぐり捨てた私を見…

たちばな
3か月前
131

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑧

誰に、何を、どこまで話すべきか。そればかり考えていました。 今日を生き延びることができても、明日どうなっているのだろうか。 彼らに見つかって力づくで連れ戻される…

たちばな
3か月前
108

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑦

くも膜下出血の手術を終え退院した後、しばらく実家で静養していた母に久しぶりに会いに行った日。彼女は庭の花壇に水やりをしていました。 すこし水の出が悪いホースを掴…

たちばな
3か月前
128

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑥

相談に行ったその日は丁度ゴールデンウィーク前で、翌日から市役所などの行政関連施設は連休に入るということを失念していた私は、自治体が管轄しているシェルターの調整が…

たちばな
3か月前
156

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑤

大きな大きな館内図の、一番下の階の隅っこ。 そこだけ違う書体で作られたテープが貼られているのを見て、後から出来た部署なのかなと、なんとなく思いました。 直通の電…

たちばな
3か月前
162

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話④

父方の親戚の家に引っ越して間もない頃、ちょうど今くらいの季節でした。 私は少し前にネットで知り合って仲良くなったある人と、初めて会う約束をしていました。 その日…

たちばな
3か月前
145

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話③

父方の親族の家に引っ越して数ヶ月が経ち、当時東京の不動産会社に勤めていた友人の協力もあって、私はとうとう上京することが決まりました。 11月の夕方。東京行きの電車…

たちばな
4か月前
147

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話②

私の記憶の中の母はいつも、ゴミの中に埋もれて眠っていました。 暗くて汚い部屋の中で、化粧もそのままで綺麗な格好のまま眠っている母は、なんだか人間というよりも死に…

たちばな
4か月前
173
9/2 am11:51  新宿

9/2 am11:51 新宿

サウナの中の湯気のような空気を吸い込み、吐いた。 暑い。熱い。あつい。

茹だるような暑さの中、タイミング悪く引っかかった赤信号を見つめながら歩みを止めた。

そういえば、ここの信号はそこそこ長いんだった。

数年前、″ここ″で暮らしていた頃の記憶がぼんやりと浮かんだ。人の多さは変わらない。誰かの話し声もけたたましいクラクションの音も、バスが通るたびに震える地面も、全部そのままだった。まるでみんな

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橘

初めてその字を見たとき、書きづらそうだなと思った。

″たちばな″と読むその漢字を、何回か紙に書いてみた。

やっぱり書きづらかった。

でも、ちょっとだけ可愛く思えた。

わたしの父方の祖父は大酒飲みで、言葉も態度も、いつも破天荒だった。

喧嘩っぱやくて非常識で、尊敬できるようなところはひとつも無かった。でも、きっと根から悪い人ではないのだと、なんとなく思っていた。

テレビで流れている国会中

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絵②

絵②

高校二年の春。

一人抜けて三人になった美術部は、来年度から廃部することが決まった。

それまでも部として機能していなかったし、コンクールに応募したりだとか、そういう精力的な活動は一切していなかったのだから当然の流れだと思った。

心穏やかに居れる場所が消えていくことには慣れていた。終わりがちょっと早まっただけだとぼんやり考えながら、いつもより時間をかけて家に帰った。

秋。

わたしは何人かの生

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絵

保育園の頃、年長さん達の卒園式にあわせて、園のみんなでアルバムを作ることになった。

私はアルバムの表紙に、スイカの絵を描いた。緑色のクレヨンで、スイカのまあるい体を描き、T字のような形のヘタを描き、最後に黒のクレヨンでギザギザ模様を描いていた。その時、すぐ近くにいた誰かが叫んだ。

『そのギザギザのところ、すごい!』

私と同じ地区に住む、一個上の女の子だった。その子はスイカのギザギザを指さして

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カーテンコール

カーテンコール

鳴り止まない拍手の中、役者がお互いを称え合う。

「役者」が「人間」に戻り、「観客」が「自分」に戻る瞬間。
たくさんの「ありがとう」を拍手にのせて、同じ時間、同じ空間に生きているということを感じる瞬間。

夢の終わりを知らせるカーテンコール。幕が下がりきるまでのその時間が、私はいちばん好きでした。

梅雨が明けた、ある日の有楽町駅。
生まれて初めて自分で買ったチケットを握り、私はとあるビルへ向かっ

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貝

他の人と比べてすんなりいかないことが多いなあと、よく思っていました。

たとえば、算数の宿題。

Aちゃんは100円、Bちゃんは50円持っている。
Bちゃんが持っているお金は、Aちゃんが持っているお金の何倍かという問題を読んだ私は、これはきっとこの問題を作った先生が間違ったんだろうと思いました。

だって、Bちゃんが持っているお金はAちゃんより50円少ない。それなのに、「倍」なんて変だ。先生疲れて

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靴のはなし

靴のはなし

1年前。
今の家に引っ越した私は、新生活1日目にして頭を抱えていました。

靴の底が取れた。

数秒前までは、スニーカーだったはずのもの。

靴底がつま先のところからベロンと剥がれて、サンダルめいたなにか、絶妙に面白いものになってしまった。

もともと履き古していた靴ではあったものの、引越しのための多忙な日々がどうやら急激な破壊を招いてしまったようでした。

ちゃんと送り届けましたからね、後はうま

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話【最終話】

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話【最終話】

親戚一同、有象無象、魑魅魍魎、阿鼻叫喚。

この世に存在するありとあらゆるカオスが集まったような異様な空間で、私と友人は作業することを余儀なくされました。   

友人という予想外の登場人物に親族は最初こそ怯んだ様子でしたが、『お前は一つの家族を壊したんだぞ!』という誰かの声を皮切りに、彼らの猛攻が始まりました。

突撃にあたって、彼らの今までの行動を思い返してみました。少々強引とも言えるこちらの

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑨

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑨

私が実家から逃げ出してきたことに、誰よりも驚いていたのは母でした。

きょうだいの中で一番慎重で手がかからない子。幼い頃からのそんなイメージをかなぐり捨てた私を見て、彼女は驚き、そして笑いました。

よっぽどのことがあったんでしょ。なんとなく予想はつくけど。
カウンター越しに私と向き合うように立った彼女は、グラスを片手にそう言いました。

しばらくそうやって、お客と店主なのか親と子なのかわからない

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑧

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑧

誰に、何を、どこまで話すべきか。そればかり考えていました。

今日を生き延びることができても、明日どうなっているのだろうか。

彼らに見つかって力づくで連れ戻されるかもしれないし、慣れない状況に疲れ果てて自分から頭を下げにいくかもしれない。

誰かが私の味方でいると言ってくれても、どうなるかわからない。助けてあげると手を差し伸べてくれても、まず疑わなければならない。

ここは広いようで狭い。誰が誰

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑦

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑦

くも膜下出血の手術を終え退院した後、しばらく実家で静養していた母に久しぶりに会いに行った日。彼女は庭の花壇に水やりをしていました。

すこし水の出が悪いホースを掴んでゆっくりと進む彼女の数歩後ろを歩きながら、なんかアヒルの親子みたいだなと思っていると、誰かが植えたらしいラベンダーを見つけた彼女は私に手招きして言いました。

『ラベンダーの匂いってどこからしてるか知ってる?』

思わず、『はあ?』と

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑥

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑥

相談に行ったその日は丁度ゴールデンウィーク前で、翌日から市役所などの行政関連施設は連休に入るということを失念していた私は、自治体が管轄しているシェルターの調整がつく連休明けまで、ホテルに身を潜めることになりました。

そして、正式にシェルターが決まってもいずれはちゃんとした家を決めなければならないことと、今の私の諸々の状況をふまえて考えてみると、公営住宅への入居は最後の手段にし、先に不動産屋で相談

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑤

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑤

大きな大きな館内図の、一番下の階の隅っこ。

そこだけ違う書体で作られたテープが貼られているのを見て、後から出来た部署なのかなと、なんとなく思いました。

直通の電話番号と一緒に”DV相談係”と書かれたメモをもらった翌日、仕事終わりに再び役所へ向かいました。

公営住宅の話を聞きに行ったらDV相談を勧められたのは、あの時の私が”薬をちょっと飲みすぎただけのただのめちゃくちゃ眠い人”で、頭も言葉もま

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話④

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話④

父方の親戚の家に引っ越して間もない頃、ちょうど今くらいの季節でした。

私は少し前にネットで知り合って仲良くなったある人と、初めて会う約束をしていました。

その日は朝から小雨が降っていて、ちょっとだけ肌寒い日でした。迷いながらなんとか辿り着いた秋葉原駅の改札を抜けた先、小さな花屋があるのに気づきました。
そこは無機質な壁に囲まれた建物の中で一際目立っていて、世界に存在する色がすべてここに集まって

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話③

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話③

父方の親族の家に引っ越して数ヶ月が経ち、当時東京の不動産会社に勤めていた友人の協力もあって、私はとうとう上京することが決まりました。

11月の夕方。東京行きの電車に乗って、夕日の橙色に染まった新居の鍵をずっと眺めていました。

いろいろな縁が繋いでくれている気がしてなりませんでした。母や実家の人たちから離れていくことを応援されているように思えて、これで良かったのだと、そう思いました。

東京での

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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話②

ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話②

私の記憶の中の母はいつも、ゴミの中に埋もれて眠っていました。

暗くて汚い部屋の中で、化粧もそのままで綺麗な格好のまま眠っている母は、なんだか人間というよりも死にかけている動物のようで、ただただ悲しかったのを覚えています。

両親が離婚して数ヶ月後、ようやく入居先が決まった私たち親子は、しばらく身を寄せていた母の実家を出てアパートでの新しい生活を始めました。
日中はレストランの厨房で調理の仕事をし

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