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ヤベェやつらから逃げ出したヤベェやつの話⑨

私が実家から逃げ出してきたことに、誰よりも驚いていたのは母でした。

きょうだいの中で一番慎重で手がかからない子。幼い頃からのそんなイメージをかなぐり捨てた私を見て、彼女は驚き、そして笑いました。


よっぽどのことがあったんでしょ。なんとなく予想はつくけど。
カウンター越しに私と向き合うように立った彼女は、グラスを片手にそう言いました。

しばらくそうやって、お客と店主なのか親と子なのかわからない距離感で話をしていました。いつの間にか日付がかわっていたことに気づきそろそろ出ようかと考えていると、母がソファを指さして『ここで寝ていけばいいよ』と言いました。

家を出る時にかき集めてきた手持ちのお金だけでは、大型連休真っ只中のホテルに連泊するにはやはり無理がありました。通常期の値段に戻る頃まで野宿をする覚悟でいた私にとって、母の言葉はありがたいことこの上ないものでした。
店の照明をしぼって、それぞれソファに横になり、目を閉じました。


母は私が眠るまで、いろいろな話をしていました。


なんでも食べるから料理の作り甲斐があったこと。

なぜか青いゴム手袋を怖がり、見つけると泣いていたこと。

私が産まれた日は星がきれいで三日月が出ていたことから、名前に星か月にちなんだものを入れようと思っていたこと。

どうしても男の子の孫が欲しかった祖父に『次また女を産んだら殺す』と言われていたなか私を産み、『殺せるのか!見ろ!こんなにちいさくて可愛いんだぞ!』と大声で怒鳴ったこと。


私を産んだ彼女しか知らない、そんな昔話をひとつひとつ。

絡まっていた糸をゆっくりとほぐすように、母は静かに語っていました。





翌朝目が覚めると、すぐ近くに緑色の包みが置いてありました。
先に起きていた母にあれは何と聞くと、彼女は『それくらいしかできないから』と笑いました。

昨日食べた謎の美味い煮物や、ちょっとしなびた天ぷら。卵焼きと、デカすぎるおむすび。
いろいろ入りすぎて蓋がちゃんと閉まらない、カラフルでカオスなお弁当。なんじゃこりゃ!と朝から声をあげて笑いました。


なんかもういいや、と思いました。

いろいろ言いたかったこともあるし許せないこともあるけど、それでも私は産まれてこれて良かった。
母も私もまともな人間ではないけど、それでも私はこの人がよくて、この人の子どもなのだ。

悲しかったことも嬉しかったこともぜんぶ持っていこう。そう決めて、お弁当をリュックに入れました。




何日か友人の家やカプセルホテルなどを行き来しながら、親族に荷物の運び出しをするために家に入る許可を取りました。

″制限時間は二時間。業者は使わず、ベッドも机も全て一人で運び出すこと″
″近所の人に見られないように作業すること″
″新しい借用書にサインをし、住民票を渡すこと″


彼らからの条件を見て、馬鹿馬鹿しいと思いました。

世間はそれをいじめや嫌がらせと呼ぶんだぞ、と返したいのをぐっと堪えて、弁護士に提出する書類をネットカフェの個室の中で黙々と作り続けました。


不正な金銭取引のほう助。盗撮。脅迫。
一方的な搾取。心理的虐待。

何にでも当てはまるし、なんだっていい。とにかく早く離れたい。
きょうだいも母も、そして私も、みんながなるべく無傷で助かる方法を知りたい。
裁判で勝っても負けても事実やお互いの心象はもう変わらないし、そんなのはどっちだっていい。
でも、今まで何があったのか、どんなふうに戦っていたのかをきょうだいが知った時、少なくとも彼女達には真摯であろうと足掻いていたことが伝わればいい。もう叶わないかもしれないけれど、また会って笑って、話ができたらそれでいい。


向こうが新しい住所の住民票を持ってこいと言っている以上、荷物の運び出しだけで終わるはずがないことはわかりきっていました。
なんやかんやとそれらしいことを言ってまた新たな枷をはめるつもりでいること。それは後ろめたい行為だと自覚しているからこそ、一人で来いと強要していること。どこまでも正しさに狂っているそんな人達と再び対峙することは危険極まりないことだとわかっていました。
それでも、法で永遠に彼らから引き剥がしてくれるなら、今はどれだけ怖い思いをしたって構わない。負けるはずがないのだからと、何度も自分に言い聞かせました。



突撃

荷物の運び出しの日。

家に着いたものの、私はすぐに車から降りることはできませんでした。

手が震える。指が冷たい。怖い。怖すぎる。
いっそ何もかもそのままにして帰りたい。そんなことをぐるぐる考えていると、隣から『ねぇ』と声がしました。


『家から脱出するときに流す音楽、どっちがいい?』


こち亀の″コミカルに追いかけっこ″か、ドリフの″盆回り″。


どっちでもいい・・・という声と共に、全身の力が抜けていきました。


車の持ち主で、私と同じ元お茶汲み係で、一番の友人。
渦中に単騎乗りこもうとしていた私に待ったをかけ、『業者は使うなって言ってるけど友達を使うなとは言ってないじゃん!』とトンチを繰り出した彼女は、いろいろなリスクを被ることを了承した上で、私が逃げるための手伝いを買って出てくれました。

これ終わったらスタバ行こう。あと屋敷しもべ解放記念に靴下買ってあげるね。
大きな声を出されたらそれを上回る大声を出せばいいらしいよ。万が一刺されそうになったらトイレ行くふりして逃げよう。
家に着くまでそんな話をして、今にも死にそうになっている私に『あんな奴らに真剣に向き合ってうちらが暗くなる必要ねーよ』と彼女は言いました。

竹を割ったような性格。縁の下の力持ち。
この世の清々しさがすべて集まったような彼女は、放っておけばどこまでも沈んでいく私の手を掴み、いつもいつも引っ張り上げてくれました。

力を抜けば浮くということを覚えろ。
泳ぐならちゃんと息継ぎをしろ。

あんな奴らのために沈むなと。

力むことしか知らなかった私に、彼女は″沈まない方法″をたくさん教えてくれました。


脱出BGMを決め、『入ります』とメッセージを送り、私たちは車を降りました。






(つぎでおわります)

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