パブリックコースデビュー ゴルフ その6 当たり前過ぎて意識しなくなっていること
【米国家族帯同駐在の始まり】
時はバブル末期の1991年。鉄鋼会社研究所から振り出し、次期主力事業に抜擢人事で参画し、あざとかわいく振る舞って米国駐在を掴み取っていました。
その辺りは以下でお楽しみ下さい。
【リンカーンタウンカーを買ったらゴルフしたくなった】
1ヶ月、家族に先行して駐在生活を開始しました。広々感を決め手にリンカーンをいました。リンカーンのトランクは深く広大でそれこそゴルフ道具とバックのセットで数人分余裕で入ります。そこで日本で買ったPING EYE II アイアンを2セット持ってきたことを思い出していました。
そして駐在員生活も慣れてきた頃に東京の本社から事業部長の常務が視察にやってきました。
【面白がって常務が】
駐在員事務所での内部ミーティングが終了後常務が私の所に来られて、
「リンカーンタウンカーを買ったのか。いいんだけどなぁ、室内のレッドカーペットだけがどうかな。」
と言いながらも私のやんちゃぶりが微笑ましいという雰囲気。
「総合企画部に行きたいならゴルフ位出来るようにしないとなぁ。ゴルフコースに出る前にクラブ買ってやるから店で待ち合わせよう。」
そして何と常務と幹部がゴルフコースに出る前の空き時間に駐在事務所長だけを連れて指定のショップに来て下さいキャロウェイのビッグバーサ というドライバーを選んで下さいました。お代は本当に常務持ち。
【夫婦の楽しい時間】
道具が揃い、常務のお誘いを受けた事から一念発起。アスリートの吾妹とゴルフレンジ(打ちっぱなし)で練習を始めました。全くゴルフをしたことのない吾妹の方が遥かに上手で落ち込むこと頻(しき)り。ですが滅気(めげ)ずに中嶋常幸を信じてスイング一定クラブを替えるの一点張りで練習しました。
いつも夫婦で練習に行ったのでとても楽しいひとときでした。
疲れたら吾妹のフォームを鑑賞するのも楽しみの1つでした。(笑)
【パブリックコースデビュー】
その後、電機会社から転職されてきた駐在員事務所長が常務にもう少し腕を磨けと言われたらしく、接待のためのゴルフができるレベルまでということで、週末のパブリックコースでのゴルフ三昧が始まりました。
当時は20ドルも有れば各自カートに乗ってコースを回ることができました。フェアウェイにゴルフカートを入れてガンガン打って楽しむというダイナミックなゴルフでした。そもそもコースが広くて長く、とても歩いては回れません。また、ラフも本当にラフで全く手入れされていません。雑草、落ち葉、倒木が自然のままに放置されていました。シリコンバレーは雨が少なく、夏の終わりにはフェアウェイ以外には緑は無く、赤茶けた風景が続きます。
ですからとても気軽で、細かいことは気にせず楽しくプレイすることができました。
以下で雰囲気味わってみてください。
難点は初心者はゴルフボールを良く無くすことですが、強い味方がアメリカには居ました。
COSTCO(コストコ)
ゴルフボールは数箱纏めて箱買いしてタウンカーの広大なトランクにいれっぱなし。一箱10ドル程度なので全く気兼ねなくOBできました。
機会が有れば、是非一度カリフォルニアンゴルフをお試し下さい。人生観変わりますよ。(笑)
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