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#305 【禅語】 薫風自南来

この時期のお茶席によくかかる掛軸の1つに、「薫風自南来」があります。それにまつわる話が印象深かったので、メモ。


1、薫風自南来?

「薫風自南来」は「くんぷうじなんらい」と読みます。
おそらく、「薫風南より来たる」と読むのが普通だとは思いますが、昔からの習慣のようです。

この句が作られた際のエピソードが伝わっています。

唐の文宗皇帝が、

人皆苦炎熱
我愛夏日長


という起承の二句を読み、
それに続けて文人の柳公権が転結の句としてつけた二句が、

薫風自南来
殿閣生微涼


だとされています。

そのままの読みと意味は以下の通りです。

人は皆 炎熱に苦しむ = 人は皆、夏の暑さに苦しむ
我は夏日の長き事を愛す = 私は夏の日が長いことが大好きだ

薫風 南より来たり = 爽やかな初夏の風が南から吹いてくる
殿閣 微涼を生ず = 広い宮中は僅かな涼しささえ生じる


2、薫風自南来にまつわる後日談

これだけ見ると、皇帝と文人が宮殿で詩を交換して楽しんでる、たわいもない話です。

では、なぜ、この語が禅語として重用されるようになったのでしょうか?

それは、のちの宋の時代の以下のエピソードによるものです。

真覚大師という禅僧が以下のような説法をした。

ある僧が雲門禅師に「悟りの境地とはどのようなものですか」と尋ねた。
雲門禅師は「東山水上行」(東山(中国の有名な山)が水の上を流れていってしまうようなものだ)と答えた。

真覚大師はこの話をしたあとに、
「薫風自南来 殿閣生微涼」
と付け足した。

この説法を聞いた大慧禅師は悟りを得た

つまり悟りを得たきっかけになった言葉なので禅語として重用されるようになった、ということです。


なんのことか全然わからない、ですよね?

私のお茶の先生の解説は、こんな感じでした。

動くはずがない山が川に浮かんで流れていく、という、現実にはあり得ないこと。
雲門禅師は、悟りというのは、こうした、「はずがない」「はずだ」という思い込み、もっといえば、「これはこういうものだ」と考えることさえも脱した境地だ、ということを言っている。

その話に真覚大師は、風が吹いて宮中が涼しくなる、という話をつけ加えることで、「よい」も「悪い」もない、ただそうある、という状態の例としてこの句を重ねて示した。

そしてそれを聞いた大慧禅師は悟りを得た。

ここはさまざまな解釈があるようで、例えば、風に吹かれたように余分なものがすっかりなくなり、何事もそのままに受けれることができる境地を示した、というものもあります(それだけ分かりにくいのです)。

このように、「薫風自南来」は単にたわいもない話だったものが、のちの時代の禅僧に悟りのきっかけを作った言葉となったことで、もともとの初夏の爽やかな風のイメージと、悟りという、ダブルミーニングとして、特にこの季節にお茶の世界で広く取り上げられるようになったのです。


3、まとめ

いかがでしたでしょうか?

庶民は夏の厳しい暑さを嫌がるが、私はそういう夏の日が長いことがとても好きだ。

と豪語する皇帝に、お抱えの文人が、

このとても素敵な宮殿にいると、爽やかな風が吹き抜けて、ちょっとした涼しささえ感じますもんね。

ゴマをすった漢詩が、のちの時代にある僧侶が悟りを開くきっかけの言葉となった、そして、初夏のお茶会には欠かせない掛軸になった、という話でした。


実は、この漢詩には、別の後日談があります。

皆さんも感じたと思いますが、皇帝は庶民の苦しみを全く感じてないように思えます。

実際、宋の詩人、蘇東坡(そとうば)は以下のような追句を作っています。

一為居所移
苦楽永相忘
願言均此施
清陰分四方

簡単にいうと、皇帝は宮殿にいるから夏の暑い日は好きだ、なんて言えるのだろうが、民衆は暑さに苦しんでいる。願わくば、皇帝は民衆のために施しをして欲しいものだ、という内容です。

このように、どちらかといえば、大したことはない、プレーンな意味の言葉が、数百年たったのちに、かたや悟りのきっかけになり、かたや怒りのきっかけになる、と全く正反対とも言える結果を引き出す言葉になっているのです。


だから、同じ言葉でも人によって受け取り方が違うのだ、なんてことが印象的だったわけではありません。

私が印象的だったのは、この話の前提として、宋の時代の知識人たちは、数百年も前の、どちらかというと傑作とはいえないような詩を知っている、諳んじることができる、ということです。もちろん、今のように情報が溢れていたわけではないでしょうが、長い歴史を誇る中国の多くの情報を頭に入れ、その上に立って新しいものを生み出していた、ということです。

この禅語、この季節になると必ず思い出すのですが、そのたびに、もっと日本の古典文学や歴史を学ばないといけないなぁ、と思うのです(なかなかできていませんが…)。


最後までお読みいただきありがとうございます。

禅語のご紹介でしたがどこか参考になるところがあれば嬉しいです。

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