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ものがたり

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反対車線の誰そ彼

反対車線の誰そ彼

 夕暮れ。小さな頃お祭りでねだったわたあめみたいな、ちょっとの嘘が見え隠れする桃色の雲が二つ三つ、並んで浮かんでいる。
 今日はそんなに良いことのない一日だった。
 正しく言えば大抵の日は、そんなに良いことなんてない一日だ。

 濃紺の制服を纏って、少女たちがきらきらと笑いながら素足を夕暮れにさらし駅のホームへ駆けてくる。とうの昔にその色を脱いだわたしの足は、薄くてまるで意味のないようなストッキン

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fall's strawberry

fall's strawberry

久しぶりに人を好きになった。
この恋が実るとか実らないとかよりも、
なんだか今は
「人を好きになれた」ということがただ嬉しい。

あなたが好きです。
あなたを好きになれて嬉しいです。
だから、ありがとうと言わせてください。

ありがとう、あなた。
今日もどうか幸せに。

わたしはきっと、
それだけを願います。
それだけを祈っています。

少し酸味の強い苺みたいな
そんな恋心なんだと思います。

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驟雨前

驟雨前

 雨の匂いがする。
 アスファルトの上で行儀よく手を揃えた猫が、薄桃色の鼻の頭を空に向けて目を細めていた。わたしも同じように空を仰いで、目を細めてみる。雨の匂いと、生ぬるい風。角が取れてまるくなった風はどんなに吹いても痛くはなくて、けれどその柔い肌触りが無性に心を引き攣らせた。火傷の痕を指で撫でたときみたいに、痛そうなのに、痛くはないんだという発見はもう何度目かのものだと思う。
「楓?」
 バカみ

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花緑青

花緑青

躊躇わず齢五つで「しぬこと」が怖いと書いた手に緑青の
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まずは現実を受け止めるというところから全てが始まるというのなら、わたしたちが最初に知るべきは死ということではなかろうか。生命は須らく死に向かう。ならばそれを見つめず何を知ることができようかと、ふと思う。

人間として生命としての大元のそれらを意識的に受け止めるということを、わたしたちは日頃行わなさすぎる。それらを視界の隅に遣り、生きること生

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