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今日の言の葉

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その日、降りてきた言の葉を綴っています。あなたの良き日々に繋がれば幸いです。
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2024年2月の記事一覧

アルバムの整理

アルバムの整理

想い出の整理をする時がやってきました。
新しい扉がひらく弥生は
卒業の季節でもあります。
過ぎ去っていく時を
少しでも引き留めていたい想いが
私たちに写真を撮らせますが
いずれそれらにもさよならを告げる時が
やってくるものです。
ただ、そこには寂しさがつきものなので
あきらめのつく季節のほうが
少しは痛みがやわらぐのです。
3月は、別れの痛みをやわらげてくれる時
だから想い出の整理にふさわしいので

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自他が通じ合う境地へ

自他が通じ合う境地へ

人目をまったく気にしないのは
傍若無人になってしまうけれど
どう見られるかばかりに意識が向けば
自分の心を見失ってしまいます。
どちらかに寄ることなく
中庸を目指すのが理想ですが
もっと単純素直なやり方があっていい。
たとえばそれは
美しさについての学びを深めていくこと
愛とは何かを探求し続けること
命とは、生きるとは、魂とは?
そんな普遍的真理を求めるうちに
独りよがりな心情は薄れていって
ごく

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日本語は歌から生まれた

日本語は歌から生まれた

美しい日本語を使う人でありたい。
たとえば「たそがれ」。
日が落ちた照り返しで陰影が濃くなり
時に逆光で顔かたちもよくわからず
「誰そ彼(あれはだれ?)」と問いたくなる
そんな夕暮れの時間帯を指している。
それから「あけぼの」。
夜明けといっても
しらじらと明けてゆく時間帯と
日が射して空が輝き出す時と
いろんな段階があるのを
「ほの」という音で表現している。
「ほの明るい」「ほの暗い」
あるいは

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節目の時。春分に向けてこれまでと違う流れが見えています

節目の時。春分に向けてこれまでと違う流れが見えています

二つの月がまたがる週は
節目を実感しやすいものです。
特に冬の終わりを示す2月と
春の始まりを告げる3月は
潜在意識レベルで感覚が変わるため
自ら変化を呼び起こすようなことにもなります。
これまでと違う流れを感じたら
素直に応じていきましょう。
3月はものごとが大きく動きやすい時です。
自分の力と森羅万象の動きが
共振している人ほど起きてくるでしょう。
実生活では何も変わったように見えなくても

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「ありのまま」は過程の中に

「ありのまま」は過程の中に

よく「ありのままでいい」と言われます。
桜が桜であるように、
薔薇は薔薇であるように
ありのままでいることは大切です。
でも、人間の場合
何をもって「ありのまま」とするのか
そこが難しいところです。
生まれた時がまっさらかと言えば
そんなことはありません。
この肉体の中に夥しい記憶を内包しており
すでにその影響を受けているからです。
人間にとっての「ありのまま」とは
あらゆるものの影響を受け存在し

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空回りの理由

空回りの理由

他人に良く思ってもらうために
気を遣い行動しているとしたら
枯渇してストレスを抱えるのは当然です。
世の中のためになりなさい
人の役に立ちなさい
そう教えられ自分もそうありたいと願う
もちろん尊いことに他なりませんが
自分を置き去りにして誰かに尽くす人は
エネルギーも重く
笑顔に無理がある場合が多いのです。
人は考えるより潜在的に感じるものに
反応するように出来ています。
必死でがんばっているのに

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永遠なる序章

永遠なる序章

1420年。
これは、「和」を宣言してからの年数です。
こんなにも多くの時がおとずれて
いくつもの時代を経ていったけれど
宣言された「和」は
いまだ実現できずじまい。
膨大な時であるけれど
それは序章だったのかもしれません。
いつの日か本章が始まって
そこからは「和」の物語が
紡がれていくのかも知れないけれど
同時に寂しく予感するのは
この序章はとこしえになる可能性もあるということ。
それでも私は

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自我を解き放つ

自我を解き放つ

坐禅は「つかむ」のではなく
「はなつ」こと。
ある老師の言葉に
何度も気づかされます。
これは単に坐禅のことのみを
言っているわけではなく
私たちが守り続けてきた信念を
根底から覆すことを教えています。
あらゆるものを得ようとして
努力してきました。
得ようと努力することこそが
人生だとさえ信じていたほどです。
けれどその生き方により
たくさんの苦しみを与えられた。
それを知るために
「はなつ」た

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真の心へ立ち返る

真の心へ立ち返る

見えなくても お花を供えたい
食べなくても 美味を供えたい
聞こえなくても 話したい
見えざるものへの真心は美しい

これはあるお坊さんの言葉です。
私たちは気づけば
目に見えるものにばかり意識が向き
もしもその現象が望むものでなかったら
どうにかしなければと動き出します。
その時きっと
目に見えないもの
目に見えない世界を
見失っているにちがいありません。
それを静かに修正してくれるのが
呼吸で

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否定も肯定もない世界

否定も肯定もない世界

相手と意見がすれ違ったとしても
ただそのまま
そうした現実があると
受け入れるだけです。
どうにか同意にもっていこうとするから
ますます離れ食い違うのです。
何も否定することはなく
肯定することもありません。
同意を求められたなら
私は異なる考え方なので仕方がないと
あるがまま答えるだけです。
それでも踏み込まれれば
距離を置いて静観します。
間合いが必要なのです。
時間と、距離の、両方の間合いが

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過去世と未来世

過去世と未来世

私たちはしばしば
過去世について思いを馳せます。
おぼろげでも記憶がある人と
まったくない人とがいますが
現世にどんな影響があるのかを
どこかで気にしているのです。
でも、未来世については、
ほとんどまったく
考えていないかも知れません。
過去世からすれば
今の自分は未来世なのです。
当たり前すぎて、気づきようがありませんでした。
未来を生きる人たちのために
今の世をできるだけ良いものとして
バト

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すべては出逢いにより

すべては出逢いにより

歴史というものをつぶさに観ていくと
時に信じがたいような出来事があります。
しかもそれは
ただ一人の人物との出逢いが
もたらしているのです。
まさに運命的な出逢い
大いなる神さまのシナリオにより
計画されていたとしか思えないのです。
結果、幾度この国が救われ
成長していったか知れません。
私たち個人の人生においても同じです。
出逢いによって新たな扉がひらかれ
成長と拡大発展へとつながっていく。

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ささやかな喜びを

ささやかな喜びを

もっと喜びへの感度を上げていきましょう。
幸福とはささやかな喜びの花束です。
いちりん一輪の花は小さくとも
集まることで大きくなります。
もっとも
小さな花たちが目に入らなければ
大きな花束には見えません。
だから心をひらいて
感度を上げてゆくのです。
すると
梢を渡る微風が見える
鳥たちの声が歌に聞こえる
道ばたの花が微笑んでいるのがわかる
そうした心が
人のやさしさに気づかせる。
怒った顔のあ

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ただ感謝するだけでは

ただ感謝するだけでは

灯がつくことも
お水をどんどん使えることも
夜、おふとんで眠れることも
朝、目が覚めることも
気づけば当たり前と感じている
そんな自分を見せてくれる。
あたたかい食事をいただけること
手足が動いて活動できること
どこへでも移動できること
怒ったり笑ったりできること
頭でわかるのと
身をもって理解することの
何という距離感だろう。
時に、手を差し伸べることさえも
うっかり「助けてあげる」などと
思っ

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