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Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない

1800年代後半、エストニアの小さな田舎町の寄宿学校での少年少女を描いたオスカル・ルッツ(Oskar Luts)の半自伝的小説の映画化作品。2002年にエストニアの映画批評家が選んだエストニア映画TOP10で1位に輝いた一作。映画は『Summer (Suvi)』(1976)、『Autumn (Sügis)』(1990)、『Winter (Talve)』(2020)へと連なる大河のような作品であり、全作品で同じ俳優が同じ役を演じている。しかも、ほとんどの俳優がこのシリーズにしか出てない。マイケル・アプテッド『7 Up』シリーズとかリチャード・リンクレイターの"ビフォア"三部作みたいなもんか。主に中心となるのがインテリナイーヴな優等生アルノ、その恋人のテーレ、アメリカに憧れるイタズラ坊主のトゥーツ、デブのトニソン、いじられキャラのキールの五名だ。エストニア人の通う学校の隣にはドイツ人の学校もあり、両者は一触即発状態にある。トゥーツを筆頭にトニソンやキールも戦闘に加わるが、アルノだけは加わらない。その後、トニソンは勢い余ってドイツ人たちの筏を沈めてしまうが、彼は名乗り出なかったことからリブレ(後述)が解雇され、アルノはそれに違和感を感じ始める。など、幾つかの挿話で構成されている。主にアルノ&テーレと残りの人々で分けられていて、残りの人々が狂乱騒ぎを起こす中で突っ立ってるアルノと守護天使テーレという構図で物語は進んでいく。そんなアルノくんは地主の一人息子のようで、ボンボンという立場上"イタズラがバレたらヤバい"という危機感があまりなく(金持ちだから絶対放校処分にならない)、テーレが自分を好きでいてくれているかについても自信がなく、常に一人で悶々と思い悩んでいる。ガチ陽キャのトゥーツとか新入生のイメリクにテーレを取られたらどうしよう…みたいな妄想にホン・サンスみたいな虚実入れ替えズームが使われていたのには驚いた。全体的にノスタルジーと民族的アイデンティティの確立を謳っていて、善良だが影響されやすいナイーヴなアルノの姿をある種エストニアの歴史を重ね合わせてるっぽい。

地元の名物酔っ払いおじさんリブレ役で、映画監督カルヨ・キースクが登場する。彼の作品は何作もエストニア映画ベストに登場するくらいの大物だが、エストニア国民にはこちらの陽気なおじさんとして認識されているらしい。リブレは教区長などのお偉方には嫌われているが、アルノにとっては父親のような存在で、実際に彼の言葉は胸に響くものが…あるかな。とにかく同じ空間にいるはずのアルノ&テーレとトゥーツたちがずっと交わらないのが最早不気味な映画だった。

・作品データ

原題:Kevade
上映時間:84分
監督:Arvo Kruusement
製作:1969年(エストニア, ソ連)

・評価:60点

・"四季"四部作 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Arvo Kruusement『Summer』ぜんぶアルノのせい (1976)

・エストニア映画TOP10 とその他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Arvo Kruusement『Summer』ぜんぶアルノのせい (1976)
Leida Laius『The Master of Kõrboja』エストニア、湖が導く出会いと別れ (1980)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)
ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち (2007)
ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが (2007)
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴" (2011)
ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界 (2017)

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