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Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森

人生ベスト。レイダ・ライウス(Leida Laius)監督三作目。アウグスト・キッツベルグの同名戯曲の映画化作品。暗闇の中で月光を反射する水面。墨のように暗い森と顔を明るく照らす松明の光。物語の舞台は19世紀初頭のエストニアの農村。タンマル農場には跡取り息子マルガスと彼の幼馴染で婚約者マリ、そして幼少期に養子としてやって来た活発なティーナがいた。三人は仲良く10代後半まで育つが、マルガスはティーナに惚れていて、嫉妬したマリはティーナが狼女であると告発する。ティーナの母親は魔女として村民たちに殺されていた。ティーナはそれを覚えていた。"狼女よ!"というマリの言葉が三度繰り返される中で、住民たちは次第にティーナを取り囲み、ティーナは村から森の中へと逃げ出す。マルガスは彼女を追うが見つけられない。そして、村に残ったマリ、ティーナを思い続けるマルガス、泣きながら逃げ惑うティーナの目線で過去と現在、現実と妄想が混ざり合っていく。本作品の美しさは、まずライティングにある。モノクロ世界の中で陰影を強調するライティングは森を真っ暗で妖しい世界として幻惑的な魅力を与える他、村人全員の着る白い服、マルガスとマリの金髪とティーナの黒髪を否応なく際立たせる。また、三人が世話になった物知りの女性(彼女もまた"魔女"なのかもしれない)と登場シーンでは、アドルフォ・アリエッタ『炎』くらい真っ暗な背景の中に、真上から淡いスポットライトで照らされたかのような老婆が浮かび上がる。ひたすらに美しい。これは明らかにライナル・サルネ『ノベンバー』の原典の一つだろう。

村人が迷信を信じやすく、根拠のない告発でティーナ母娘を村八分にする姿は、共産主義という"宗教"に洗脳された人々を揶揄している。エストニアは13世紀のリヴォニア十字軍の一環でキリスト教が伝来し、以降はプロテスタント系の教派が主流となった。本作品でも異端としてティーナの母親を処刑したり、教会で礼拝したりという姿が描かれ、彼らエストニア人が同胞を迫害する様が克明に描写されている。また、ティーナはその幼少の頃から知的で自立した女性として描かれている。特に毒蛇(実は『Tavaline rästik』というエストニアに生息する毒蛇のドキュメンタリーがあるんだが、もしかすると同じ蛇かも?)に噛まれたマルグスを足を持って毒を吸い出すシーンでは、魔女としての扱いを受けるだろうことを予見しながらマルグスを助けるというティーナの強さが描かれている。だからこそ、家父長制社会を維持するためには彼女を追い出すしかないのだ。レイダ・ライウスが女性として映画業界で経験したことも反映しているのかもしれない。

原作戯曲では森に逃げたティーナは5年後に狼の群れを引き連れて村に戻ってくる。そして、マリと結婚したマルガスが散弾銃で一匹の狼を倒すと、それがティーナであり、マルグスの腕の中で亡くなるという。しかし、本作品ではエンディングが異なる。三日間森の中を彷徨ったティーナは自宅に戻ると、そこには食事をする家族がいた。マルガスは彼女を助けようとし、ティーナも彼に"一緒に逃げよう"と誘うが、他の家族の反対に従ってマルガスは力なく座り込んでしまう。共同体が自身に降りかかるあらゆる不幸の根源を彼女に押し付けた瞬間だった。

・作品データ

原題:Libahunt
上映時間:71分
監督:Leida Laius
製作:1968年(エストニア)

・評価:100点

・エストニア映画TOP10 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴"
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ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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