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Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ

小説映画化職人グリゴリ・クロマノフ(Grigori Kromanov)の長編デビュー作。A・H・タンムサーレによる同名小説の映画化作品。死者の日、悪魔が地獄行きの魂を引率しようと天国の門を叩くが、門番の聖ペトロは開門を渋り、こんなことを言い始める。神様が人間を疑い始めた。人間は罪深すぎて救済できないし、救済してほしいのかも分からん。そもそも人間は救いを得られる存在として創造されたのかもよく分からなくなってきた。もし違ったら無実の者を地獄に送ることはできない、云々。ということで、地獄に魂を持って行きたかったら、君が救済を達成して人間にも可能であることを証明してね~という聖ペトロのパワハラすれすれのお願いによって、悪魔は農民ユルカとして地上に降り立った。しかしユルカは、妻として地獄から連れてきたリゼッテがいきなり不倫したので、その不倫相手を焼き殺し、自分は近くの農場で出会った農民の娘ユーラと不倫して双子を妊娠させるという、並の人間より断然罪深いことを秒速で畳み掛けるという悪魔ムーヴを見せる。一応バレてなかったので、他人からは"自分から悪魔を名乗るやべえやつ"と認識されたまま、騒動後は従順で無知な農民として生活を続ける。そんな彼を利用するのが近所の悪徳地主アンツだ。彼は様々な手段でユルカを搾取し続け、ユルカもそれに従い続ける。どれくらい搾取したかというと、ユルカが悪魔だと知って牧師に泣きついた際、牧師に"君のような人間が殺されても別に構わんがね"と言われているくらい。

物語の構造としては、悪魔が人間として暮らす反面、悪魔のように振る舞う人間がいるからこそ、神の言葉に従う善良な人間は過酷な生活を強いられてしまう様を描くことで、聖ペトロの命題がそもそも成立していないことを示している。アンツ親子の圧政はもちろんソ連と重ねられていて、農村の過酷な生活をてんこ盛りで描写するというソ連当局と真っ向から対峙する方法を選んでいるわけだが、序盤の悪魔ムーヴの不明瞭さと何も考えずに悲劇だけ積み上げた感じに若干辟易。悪魔ムーヴ時代は笑い声にエコーがかかって元悪魔っぽさを演出していたが、そもそもこの時点で人間だし、以降は笑わなくなる関係かエコー演出もなくなっちゃうので、中途半端だなあと。改めて、上記TOP10にはエストニア人としてのアイデンティティを探る作品が多く入っているなと思うなど。

・作品データ

原題:Põrgupõhja uus Vanapagan
上映時間:94分
監督:Grigori Kromanov & Jüri Müür
製作:1964年(エストニア)

・評価:50点

・エストニア映画TOP10 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴"
ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界
ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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