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Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望

大傑作。70年代後半に頭角を現した新世代の一人、オラフ・ノイラント(Olav Neuland)の長編一作目。2002年にエストニアの映画批評家が選んだエストニア映画TOP10で10位に輝いた一作。1945年秋、戦争が終わったにも関わらず、ユリ・ピールの農場には平和が訪れない。農場に隣接する森には"森の兄弟たち"というパルチザン組織が未だソ連に向けて活動を続けており、敷地から一歩外に出れば地雷まみれで、ソ連とパルチザンが代わる代わるカツアゲに来るのだ。"私にとっての祖国はエストニア全土だが、お前の祖国は農場だけか?"と煽って愛国心を盾にカツアゲに来るパルチザンは、ソ連のプロパガンダに則った偽善的な存在として描かれているが、同時に"ソ連に協力すれば助けてやる"と言い放つソ連の代官(しかもその男ティートはユリの友人だった)も同じレベルの偽善者であり、ユリは彼らの対決の矢面に立たされているのだ。飼っていた最後の牛が地雷を踏んで死んだ日、唖の男が農場に現れる。彼はパルチザンからはぐれたのか、ソ連のスパイか、ナチスの生き残りか。すぐに冬がやってきて、身分証も持たないこの男を森に締め出すのは忍びないと思ったユリは、この男を家に置くことにするが、まるで死神のように不幸をもたらすことになる。そして、この男は何者なのか、明日は誰から命を脅かされるのか、という絶望感溢れるサスペンスが、1秒も途切れることなく全編を覆い尽くしている。

本作品のDoPは後に映画監督としても活動することになるアルヴォ・イホ(Arvo Iho)。今回はブリューゲル『雪中の狩人』のような雪景色を手持ちカメラで臨場感たっぷりに収めながら、そこを一歩進めば地獄という絶望感と虚無感の漂う空間に変換している。ソ連・ナチス・パルチザンというユリとは全く関係のない人々が頭上で喧嘩し、その"落とし物"がきれいに全部振ってくるという、まるでエストニアの状況そのもののようでもある。ちなみに、馬で橇を引いていたユリがパルチザンに襲撃されるシーンでは、実際に老馬が射殺されたらしい。ラストの戦闘でも大量の火薬が使われ、かなり危ないとこまで近付いた俳優もいたとか。イホはそんな中を手持ちカメラで縦横無尽に駆け回る必要があって大変だったとのこと。

・作品データ

原題:Tuulte pesa
上映時間:95分
監督:Olav Neuland
製作:1979年(エストニア)

・評価:90点

・エストニア映画TOP10 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴"
ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界
ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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