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ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴"

傑作。ライナル・サルネ長編二作目。原作はドストエフスキー『白痴』ということで、本作品もスイスでの療養を終えて帰路に着くムイシュキンが、電車の中でロゴージンと出会う場面から幕を開ける。しかし、電車の走行音や窓の外を流れる光などの演出はあれど、舞台のように向かい合った椅子しかない。教会にあるようなゴツい木の椅子だ。しかも、ロゴージンは若い頃のグリンデルバルドみたいな感じ。続くシーンで、地元に帰ってきたムイシュキンを迎えるのは殺風景な夜の道だが、ネオンライトが輝き、トラのぬいぐるみを抱いた娼婦が電灯によりかかり、なぜか通りで刃物を砥ぐ男がコチラを見ていて、その反対側では大人に手を引かれる幼稚園児たちが列をなしている。あまりにも華麗な世界観の導入だ。物語そのものは恐らく原作に忠実なんだろうが、舞台やセット、衣装、音楽などは時代を横断してサンプリングされており、映画そのものを非現実的で奇妙な空気に変えている。パワー系全時代言及とはこのことか。ナスターシャとロゴージンがガーニャを煽るパーティのシーンでは、気絶したガーニャが画面下で伸びていて、呆然とするムイシュキンが画面端に座り込んでいて、画面中央ではナスターシャとロゴージンが激しくキスをしていて、モウモウと白煙を上げる札束が二人とムイシュキンの間を隔てるという中々狂った画面設計をしている。最終的にロゴージンの愛がナスターシャを殺してしまい、ムイシュキンの愛は届かないという点まで含めて暗示的だ。基本的に屋内、或いは屋外でも明らかにセット撮影を意識させたり、ひたすら生い茂っている葉などで空間を専有したりするため、全編に渡って奇妙な息苦しさ/閉塞感がある。だからこそ、外界から差し込み、外界そのものを感じさせる光は神々しく、それはそのままムイシュキンの聖性とも繋がってくる。あと、パンクなアグラーヤ姉さんがひたすらカッコいい(演じてるのは前作『Where Souls Go』の主演ラグネ・ヴェーンサル)。

・作品データ

原題:Idioot
上映時間:123分
監督:Rainer Sarnet
製作:2011年(エストニア)

・評価:80点

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・エストニア映画TOP10 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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