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【長編小説】熊の飼い方

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新社会人になり、不安と期待を寄せる青年。 一方で平凡な毎日に飽き飽きした青年。 そんな二人の青年の苦悩と不安を描いた小説。 ※フィクションです。登場人物や団体は架空のものです。
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#純文学

熊の飼い方 41

熊の飼い方 41

光 21

 ドアをノックする音が聞こえて僕は体を起こした。ヨロヨロする体を持ち上げながらドアのほうへ向かい、開ける。そこには島崎がいた。
「ご飯一緒にどう?」島崎は言った。
「あ、はい」
 昼ごはんはどうすべきなのだろうと考えていたので、助かった。島崎が向かう先について行くと、部屋の並ぶ一番奥の一角に広いスペースがあった。あまり広いとは言えないが、八畳ほどの空間には、大きな冷蔵庫、新しくは無いよ

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熊の飼い方 40

熊の飼い方 40

影 21

 天気の悪い朝だった。外では横殴りの雨が降り、雨粒が壁に不規則なリズムで打ち付けている音が聞こえる。台風がきているのではないか、と推測した。最近、それほど外の天気というものを気にしてこなかったため、不思議に思った。また、いつもよりも湿気を感じた。何か不吉な予感さえした。ただの予感であると言い聞かせ作業着に着替え、作業場に向かった。
 いつものように作業をしようとしているとごっさんの姿が

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熊の飼い方 39

熊の飼い方 39

光 20

 徐々に記憶が蘇ってくる。僕はあの子を殺したのか。いやそんなはずがない。しかし、あの首の感触が手から思い出せてきた。生暖かく、細く、微かに宿していた生命の感触が。
 逃げよう。逃げるしか道はない。だがどこに。
 僕のいるべき場所はあそこしかなかった。そう、『影栄会』だ。しかし、こんなことをした僕を救ってくれるのだろうか。人を殺した人間をかくまった罪で迷惑をかけるのではないか。そう感じた

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熊の飼い方 38

熊の飼い方 38

 影 20

 ここの人達は誰か待ってくれている人がいるのだろうか。ただ単純作業を毎日のように行い、機械のように動いている。時に休憩時間に話し、スポーツをするだけである。
 なにも変わらない、なにも変化のないこの日常に、変化を与え、折れそうな木を支えてくれる人はいるのだろうか。少なくとも、僕にはいない。恋人という人はこれまでにできなかったように思う。できていたとしても、覚えていない時点でいないのと

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熊の飼い方 37

熊の飼い方 37

光 19

 それから僕は外に出なかった。いや、出ることができなかったのが正しいだろう。誰かに見られているのではないだろうか。家を特定されるのではないだろうか。そんな思いが永遠に続いた。吐き気が三十分に一度程度起こる。
「田嶋君元気?佐々木君から田嶋君が会社を長く休んでいると聞きました。色々大変なこと多いと思うけど、あまり無理せずに。前の講演よかったと言ってたので、昨日の録音送りますね。ちゃんと許

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熊の飼い方 36

熊の飼い方 36

影 19

 作業場のトイレに行くとごっさんが用を足していた。挨拶をしようか迷っていたが、ごっさんは用を足しながら泣いていた。ごっさんは僕の存在に気付き、涙を含んだ笑顔で僕に軽く会釈し、また前を向き直った。
「何かありましたか?」
「時々、自然に涙が出てくるんです。本当に急に。何かわからないんですよね。おかしいですよね」笑顔を見せながら、ごっさんは言った。
「いえ」
「すみません」
ごっさんはそう

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熊の飼い方 35

熊の飼い方 35

光 18

 家に帰っても、あの『影』の主の声が鮮明に聞こえるように、頭の中を反芻した。僕は光ろうとしていたから辛い思いをしたのだろうか。いや、光ることを避け、人からも距離を取り生きてきた。しかし、その心の奥では、将来周りの人間を見返すため、誰よりも光るために生きてきたのかもしれない。
 光らなくてもいいと言っていた。確かにそうかもしれない。蛍光灯が光るのには多くの電力と熱量が必要である。しかし、

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熊の飼い方 34

熊の飼い方 34

 影 18
 
 ごっさんの描く絵は僕には理解できなかった。
黒く塗られた背景の中心に、白い布のようなものが螺旋状に渦巻いている。その白い物体は何かから抜け出すようにも見える一方、もがきながら動いているという印象も受ける。鉛筆で描かれたその絵は、白と黒しかないはずだが躍動感がありありと表されていた。「あまり何も考えずに思うがままに描きました」とごっさんは言っていたが、僕にはそうは思わず、何か内なる

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熊の飼い方 33

熊の飼い方 33

 光 17

 扉を開けるとそこには大きな薄暗い空間が広がっていた。都会のビル街の地下にこのような大きな場所があるとは思ってもみなかった。この空間の中には、壁に等間隔に蝋燭の火が灯っている。歩くごとに線香のような香りが身体全体に染み渡る感覚に陥る。歩いていくと正面らしいところにステージがあった。そこは暗く、何かの始まる予感を漂わせている。歩いて中にはいると、椅子や机は無く何人かが地面に座っているこ

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熊の飼い方 32

熊の飼い方 32

 影 17

 一筋縄ではいかないと言う言葉を考えた人は並外れた発想力をしているのではないかと考えることがよくある。人生、一筋縄で行く人がいるのだろうか。誰も知らない無人島で一生を終える人は一筋縄でことが済むのかもしれない。いや、無人島でもそれなりの苦労があるだろう。
 この世に生を受けた時点で、誰かの死や生を目の当たりにする。その時点で、一筋縄では行っていないのかも知れない。作業着に着替える鬱陶

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熊の飼い方 31

熊の飼い方 31

光 16

 朝か夜か分からない。遮光カーテンにより、外の光をほとんど遮っている。入ってくるのは、隙間からの光だけである。会社からの電話などがあると気分が下がるのでスマホは電源を切っている。
 ワンルームの部屋にあるのは、ただのゴミばかりだ。カップラーメンのゴミ、食べ終えたパンの袋、三分の一程度しか読んでいない雑誌、飲み残したペットボトル。一週間以上も経っているため、部屋中に異臭が漂っている。しか

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熊の飼い方 30

熊の飼い方 30

影 16

 一週間ぐらいだろうか、穏やかな時間が過ぎた。台風一過と似ているのだろうか。嵐が吹き荒れ、この地球上の壊せるものを全て壊し、過ぎ去った後には謝るかのように晴天をもたらす。
「いい天気ですね」ごっさんが休憩時間に話しかけてきた。
「外でボッーとしたいですね」
「僕も思ってました。外で空を眺めながら何も考えないんです。何も考えずに、ただ雲の動きを観察するんです。あ、あの雲ライオンみたい、次

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熊の飼い方 29

熊の飼い方 29

  光 15

 翌日、会社に行かなかった。行きたいという気分が全くなかった。ベッドの上で天井を眺めながら考えを巡らしていた。
学校も休んだことなどなく、皆勤賞をもらったこともある。別に友達がいるわけでもないが、家にいても親を不安にさせることも嫌だったのもあるが、サボったところで特にすることもなかったので行っていた。いじめを受けていなかったといえば嘘になるが、そこまで陰湿ないじめもなく難なくこなし

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熊の飼い方 28

熊の飼い方 28

 影 15

 作業着を着替えに更衣室に行くと、ごっさんが着替えていた。服がロッカーの上にあったり、籠の中に作業着が乱雑に投げ込まれ、ロッカーは所々凹んでいる。壊れて開かないロッカーも稀ではない。ごっさんは着替えながら会釈をし、心配そうに僕を見ていた。
「大丈夫ですか?」服を着るのを一回止め、ごっさんは言った。
「え、あ、はい」と僕は俯きがちに答えた。
「にっしーさん、前に僕が問題出したこと覚えて

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