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熊の飼い方 32

 影 17

 一筋縄ではいかないと言う言葉を考えた人は並外れた発想力をしているのではないかと考えることがよくある。人生、一筋縄で行く人がいるのだろうか。誰も知らない無人島で一生を終える人は一筋縄でことが済むのかもしれない。いや、無人島でもそれなりの苦労があるだろう。
 この世に生を受けた時点で、誰かの死や生を目の当たりにする。その時点で、一筋縄では行っていないのかも知れない。作業着に着替える鬱陶しさから、このような思考に至った。この生活はいつまで続くのだろう、終わった時点でどうすればよいのだろう。ボタンを一つ一つ掛けながらこのようなことを考えていた。服を着終えた後、違和感を感じた。服から手を離してみると、ボタンを掛け違えていた。やはり、一筋縄ではいかない。
 重い気分のまま、作業場に向かった。
 そんな重い気分とは裏腹に、ごっさんはにこやかに作業をしていた。なぜあんなにも笑顔でこの単純作業ができるのだろう。
「今日は元気ですね」
「いやなんかね、慣れてくると楽しみ方が分かるって本当なんだなって思いました。リズムを奏でるようにするとなんか作業が楽器みたいに見えてきて楽しくなりました」ごっさんが嬉しそうに語る。
「そんなこと思えるんですね。見習います」
「いやいや、僕の師匠はにっしーさんなんで」
 こんな場所にいるのにとことん楽観的に考えられる人間もいるということに、違和感を感じざるを得なかった。

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