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熊の飼い方 34

 影 18
 
 ごっさんの描く絵は僕には理解できなかった。
黒く塗られた背景の中心に、白い布のようなものが螺旋状に渦巻いている。その白い物体は何かから抜け出すようにも見える一方、もがきながら動いているという印象も受ける。鉛筆で描かれたその絵は、白と黒しかないはずだが躍動感がありありと表されていた。「あまり何も考えずに思うがままに描きました」とごっさんは言っていたが、僕にはそうは思わず、何か内なるものを表現したかったのではないかと思った。その何かはわからないが。
 僕が自分を表現できなくなったのはいつからだろうか。いや、元から表現などできなかったのかもしれない。
 中学生の時、成績は一貫してオール五であった。しかし、一度だけ美術が四だった時がある。その時、父になぜ四なのか問い詰められた。自分ではなぜ四なのか全く分からなかった。むしろこっちが聞きたい気分だ。そんな納得のいかない顔をしている僕に腹が立ったのか、父は僕の頬を何度も強打した。痛みは感じなかった。暗い井戸の中を抜け出せないカエルのように空を眺めていた。遠い、遠い出口に向かって横たわることしかできなかった。
 僕よりも父の方が苦しいのだろう。仕事に疲れ、それに加えこんなにできの悪い息子がいて。そうは思いたくないが、そう思わざるを得ない状況であった。
 この時から、自分の表現するものに自身が持てなくなったような気がする。大体の人間は、このような夜のすることがないときは、絵を書いたり、音楽をしたりするのだろう。しかし、僕は何をするにも自信がなく楽しいと思うことができない。手紙を書く気にもなれなかった。ただ、上空を眺め、身体や心が痛かった時の思い出に浸るだけなのだ。

 布団に入り、空腹をどうしようもできなかったので、無理やりにも目を閉じた。目を閉じると、空腹に悶え、飢えている自分の姿が鮮明に見えた。


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