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熊の飼い方 36
影 19
作業場のトイレに行くとごっさんが用を足していた。挨拶をしようか迷っていたが、ごっさんは用を足しながら泣いていた。ごっさんは僕の存在に気付き、涙を含んだ笑顔で僕に軽く会釈し、また前を向き直った。
「何かありましたか?」
「時々、自然に涙が出てくるんです。本当に急に。何かわからないんですよね。おかしいですよね」笑顔を見せながら、ごっさんは言った。
「いえ」
「すみません」
ごっさんはそう言って、洋式の個室に入った。
個室からは、嗚咽とともにトイレットペーパーを手で巻く音が聞こえた。どうすることも出来ず立ちすくんでいた。
「すみません。気にせず行ってください。すぐ戻るんで」
僕の気配を察したのか、ごっさんはそう言い残した。
人が泣いているところを久しぶりに見た。いつぶりだろうか。記憶に残っているものがない。ということは長い間見てこなかったのだろう。急に涙がでるという感覚は僕には分からないために少し動揺した。何か嫌なことがあったのだろうか。それとも嫌なことを思い出したのだろうか。
僕には関係のないことなのだがここで一番親密な関係なだけあって心配になった。
数分後、元気な顔をしたごっさんがトイレから出てきた。元気な顔をしてきたので、少し安心した。
「さっきのことは忘れてくださいね」笑顔でごっさんは言った。
「はい。大丈夫ですか?」
「おかげさまで。もうピンピンです!」
なぜこんな状況で笑顔で人と会話ができるのだろう。こういう人間に僕はなりたかったのかな、と少し思った。
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