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熊の飼い方 41

光 21

 ドアをノックする音が聞こえて僕は体を起こした。ヨロヨロする体を持ち上げながらドアのほうへ向かい、開ける。そこには島崎がいた。
「ご飯一緒にどう?」島崎は言った。
「あ、はい」
 昼ごはんはどうすべきなのだろうと考えていたので、助かった。島崎が向かう先について行くと、部屋の並ぶ一番奥の一角に広いスペースがあった。あまり広いとは言えないが、八畳ほどの空間には、大きな冷蔵庫、新しくは無いように見える電子レンジ、オーブントースター、大きめの給水機が置いてあった。そこは談話室のような場所だった。
 談話室には二人の人が、テーブルを囲み談笑しながら食事をともにしていた。島崎は冷蔵庫から弁当を取り出し、レンジに入れた。その間に、テーブルのところに目を丸くして驚いている僕を座らせる。この二人と、僕と島崎が向かい合って座った。
「悪い人たちじゃないから心配しないで」と島崎は言って二人を紹介した。
 一人は、桂木という男性で、年は三十近くに見えた。小太りで黒い額縁メガネをかけ、緑と灰色のチェックのシャツをチノパンにインしていた。この男はどちらかと言えば内向的で、僕と似た雰囲気を醸し出し、この地下という空間にうまく溶け込んでいた。
 もう一人は、二十代後半くらいの岡本という女性だった。派手な黄色いワンピースに大きな銀色のネックレスをしていた。顔は、メイクで形を変えているのか、全体的に造形のように見える。この女性は、男と対称的で外でいかにも遊んでいるというような風貌であり、この地下の雰囲気には相性が良くなさそうだった。
 なぜ、ここに暮らしているのかを二人は何も恥じることのないように話してくれた。
「僕は、いわゆるオタクで外に出ることさえできなかったんだ。仕事もしたくないし、家族以外誰とも話すのがめんどくさかった。でも、たまたま外の空気吸ってみようと思って、コンビニに行く途中にあの会がやっているとこを通りかかって、何か分からないけど行ったんだ。最初は不信感しかなかったんだけど好奇心で入ってもて。だけど、いざ話聞いてみるとなんか、生まれて初めて救われたような気がして。そこでたまたま木村さんと喋る機会があって、ここにこないかって。で、家にいても親と喧嘩するだけだし、ここに住んでるってこと。ここでは、僕を受け入れてくれる人しかいないし、仕事も在宅でできることを見つけてもらって、自分の得意なことを好きな時間やれるからいいんだ」
 桂木は自慢げに言った。
「うちは、水商売やってて身も心も削りながら生活しとってん。毎晩飲んでクタクタで、昼ぐらいに起きて、仕事行って男に媚び売って。うちは勉強もできへんし、だからOLとかもできへんやろな思とった。やから、そんなことして生計たてとったんやけど、たまたま、同伴した男にあの会に連れて行かれて、嫌々やったんやけど行ってみたらなんか、うち生きてていいんやって思って。そっから通うようになって、気づいたらここにおった。一人暮らしも寂しくなってきとったし、女の面倒なこともなさそうやし、男に媚び売らんでいい最高の場所やと思う。桂木君みたいに変な人多いけど、それがまた面白い。自分のペースでお金が稼げるしええなって思っとるねん。ほら、私が作ったピアス。可愛いやろ?」岡本は楽しそうに口角を上げながら話した。
「いや変な人は余計じゃん?変なんやけど」
「褒めてるからええやん!」
 正反対の二人がここで楽しそうに話していることが不思議に思えた。僕もここで生活していけるのだろうか不安だったが、何かやっていけそうな気がした。
「個性強いけど仲良くしてあげて。僕は二人とも僕にはない個性持ってて好きやで」島崎が二人を見ながら言う。
「さすが島崎さん」桂木が言った。
「よろしくお願いします。田嶋と言います。島崎さんに連れてきてもらいました。人見知りなんで迷惑かけるかもしれませんが」
「僕もガンガン人見知りだけど、ここには馴染めたし大丈夫。よろしく」桂木が笑顔で言った。
「人間なんてみんな人見知りやし、気にせんでええよ」岡本が握手を求めてきた。僕はそれに応じる。女性と触れ合ったのなんていつぶりだろうか。
 この人達は、自分の過去を隠すことなく初対面の僕に話した。なぜそんなことができるのだろうと疑問に思ったが、この空間やあの木村という男のお陰だということが想像できた。ますます、木村という人物にも興味がもてた。
 それとともに、僕がなぜここに来たのかというのは知っているのだろうか、と安心とともに不安の種の存在していることが分かった。

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