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記事一覧
手鏡日録:2024年6月19日
もう仲夏なのだけれど、初夏らしいからっとした朝。今日は遠くに行かねばならない。
在来線を乗り継ぐ。かつての職場の最寄り駅に近づくと、丘陵の滴る緑が窓に溢れた。大荷物を抱え、通勤時間帯を少し外れてこの青葉の輝きを眺めているのは不思議な気分だった。懐かしさも高揚もなく平板なままであったが、それでも人が乗り込んできて窓の景色を当たり前のように塗り潰したときは少し残念な気がした。
途中、つまらない場所で電
手鏡日録:2024年5月20日
副都心線の雑司が谷駅から階段を上がり、地上の光が見えたとたん、ひんやりとした空気に包まれた。リュックの中の上着を取り出そうかと逡巡するうちに、路上の気温はあたたかさを取り戻した。今の冷気はなんだったのだろうか。ともあれ、まずは鬼子母神から雑司が谷散歩を始めることにする。
都電の踏切を渡り、欅の聳え立つ参道に足を踏み入れると、ひゅっと涼しい空気がぶつかる。さっきの冷気とは違う。周りの市街化に抗うよう
手鏡日録:2024年5月12日
家族写真を撮った。
かつて一家だった人たちは三つの家族になり、その最大公約数みたいな場所、横浜に集合した。写真室はデパートの片隅で、フロアの喧騒を離れたそこは月日で隔てられた元家族が集まるのにふさわしい静けさだったが、被写体である子どもたちがそのうらぶれた静謐を濁らせてしまったのは少し申し訳なかった。もっとも今日の撮影の主役は、子どもたちのおじいちゃんである、我が父なのだけれど。
カメラマンが哀れ
手鏡日録:2024年3月19日
ときどき行くチェーンの喫茶店がある。
バイトも社員も、店員の顔を何となく覚えるくらいには通っている。そうは言っても、無駄話をするほどの距離感ではなく、あちらが当方をリピーターとして認識しているのかもよくわからない。
席に着くと、オーダーを取りに来た店員さんに見覚えがあった。以前はよく見かけたが、このところシフトに入っていなかったのか、久々に見る顔だ。
気付くのに間があったのは、その店員の髪色のせい
手鏡日録:2024年3月17日
祖母に会いに行った。
かつては丘陵であったろう住宅街の、その尾根にあたる道を縫っていくと、周囲の家屋に溶け込んだグループホームがある。
道を挟んで学校と、こぢんまりした団地とがあって、ちょうど団地の前の白木蓮が盛りだった。
グループホームの二階で、祖母は過ごしている。ずっと一緒にいるわけではないのでその暮らしぶりは想像するほかないのだが、きっと桶の水に沈んだビー玉のようなものなのかと思う。
祖母の
手鏡日録:2024年3月15日
これまでの人生でいちばん気の進まない確定申告を終えた。
いろいろ物申したいことはあるが、税務署への文句など世の中に溢れすぎているだろうから、取り立てて言うまい。
いやひとつだけ。税務署の狭苦しいブースに養鶏場の鶏みたいに並べられ、スマホにかかった医療費をぽちぽち入力させられたのはまあ構わない。僅かばかりの還付金を受け取ることに、そこはかとない浅ましさを認めてしまっているから。入力した数字が通信エラ
手鏡日録:2024年3月8日
四歳児には、家の中におともだちがいる。名を、チャポーくんと言う。
四歳児と長女が二人で行っているごっこ遊びには、たいがいチャポーくんが登場する。
その正体は、某ブロック玩具に付属していた小さな人形。その名前の由来は定かでなく、二人に訊いても「チャポーくんはチャポーくん」と要領を得ない。
四歳児と年の離れた長女は、よく面倒を見てくれていると思う。四歳児もそんな長女によく懐いているが、やはり遊びの取っ