見出し画像

手がかかる、それでも手をかける。e-bikeでめぐる飛騨国府の暮らし

前回のエピソードはこちら

枝も葉も、余すところなく。循環していく畑

 今日も朝から杉山さんのサイクリングツアーに参加する。
朝一番に向かったのは、国府の農家さん、「野村農園」の畑。昨日の夜に、地元のスーパーで買って食べた野菜はもしかしたらここの畑で採れたものかも?なんて考えながら挨拶に向かう。

 この日はちょうど、収穫してきた枝豆の出荷前の剪定作業をしているところだった。そのまま作業の様子を見学させてもらう。
枝豆といえば、いつも塩茹でされたものを食べるだけだったので、こんなふうに枝葉がついた状態で生えることすら知らなかった。

余計な枝葉を手際よく切り落としていく。

 畑のご主人である野村正さんは、「農業は、作業時間をどれだけ取れるかが命なんだよ」と、手を止めずに説明をしてくれる。慣れた手つきで切り落とされた枝葉が、ブルーシートにどんどん積み上げられていく。

 「落とした枝や葉はどうするんですか?」と聞いたら、全て肥料にするという。枝豆の葉は発酵が早く、いい肥料になるらしい。余すことなく、ゴミにせず、畑の中ですべて循環させるんだと教えてくれた。

 「せっかくだから畑も見ていきますか?」と、奥さんの美也子さんが作業の手を止めて畑を案内してくれた。
頭上を鳥が飛んでいく。足元には野菜以外の雑草も生えていて、小さな虫がせわしなく動いている。

 せっせと巣を張る大きな蜘蛛を見つけ、「わっ」と思わず飛び退いたら、美也子さんが「地面に草が生えてきたり、虫や鳥が畑に戻ってきたりするのには何年もかかったんですよ」と言った。

 農薬は効果が強く、農薬が撒かれた畑には虫や鳥は寄りつかないし、雑草は生えてこない。
野村農園では数十年前から自然の摂理に則った無農薬栽培に切り替えてきたということを教えてくれた。

 美也子さんは北陸の生まれで、結婚を機に飛騨にやってきたらしい。いざ畑に入るようになり、畑に使用される農薬の量に驚いたという。
そこから家族で徐々に有機肥料での栽培方法に切り替えていったが、畑で野菜が育てられるようになり、土地に虫や動物、植物が戻ってくるまでは長い時間と手間と努力が必要だったとお話ししてくれた。

個性的で手がかかる野菜だけれど

 畑の中には、岐阜の伝統野菜だという「国府ナス」もたわわに実っていた。そういえば、初日の夜に飛騨高山で食べた秋茄子のグラタンにも国府ナスが使われていた。身がしっかりしてアクが少ないのが特徴らしい。

 国府ナスは「手がかかる個性的な野菜」らしい。伝統野菜は、その地域の食文化や気候にあった伝統的な野菜だけれど、どんどん作り手が減っているという。野村農園では国府の子供たちの誇りになるようにと国府ナスを育てている。

 「一つの国府ナスの苗木から、10個も20個も実を取ろうとすると、やっぱりかなり手間をかけないと難しいんですよ。そして、それを何年も続けるとなると、もっと手をかけなくちゃいけない。非常に個性的な木です」

 「手間がかかる」といいつつ、美也子さんのナスを見る眼差しはどこか優しい。ガイドの杉山さんは、個人的に野村農園の方々と交友があり、日頃から畑の野菜を買って食べているという。

 「初めて食べた時はね、おいしいっていうのはもちろんなんだけど、身体がすごく素直に反応して。その衝撃が忘れられなかった。同じ野菜でも、受けるエネルギーがこんなに違うんだって」

 帰り際に、お土産に枝豆を一袋買わせてもらった。枝のまま袋に詰められた枝豆たちは、たしかにいきいきとして見える。
帰って口にするのが楽しみ。
でもやっぱりまた国府を訪れて、旬のものをその土地で食べてみたいな。

たった一本の木でも、地域の恵みになる。    価値を引き上げ、届ける仕組み

 最後に向かったのは、「木と暮らしの制作所」。ここでは、「森と木と暮らしをつなぐ」ことをテーマに、地域産の広葉樹を使ってセミオーダー家具を製作している。ただ作るだけではなく、循環させるものづくりについて、松原さんに教えてもらう。

 まず案内してもらったのは、「中間土場」。ここはいわば山と市場の間にある場所で、山から運ばれてきた木々を選別し、用途によって振り分けるところ。この工程を挟むことで、「木」という資源を最後まで無駄なく使い切ることができるという。見学している間に、ちょうどトラックが大小様々な木々を土場に運んできた。グラップルに乗ったスタッフの方が、どんどん木を選り分けていく。

 「山から運ばれてきた木を、すべてチップに加工してしまうところもあるんですよ。それも一つの木材の木の使い道ですが、チップは、買値が安いんです。全てチップにしてしまったら、山や山で働く人たちにお金が回らない。あの中から、一つでも家具になる木材が見つかれば、ちゃんと地域に資源とお金を循環させることができるんです」

 「木と暮らしの制作所」では、もともと家具用の木材として人気な木々を選んで買い取っていたけれど、飛騨の山に入り込み、山を知るうちに、 「価値がない」とされてしまう木々の可能性や魅力を発見したという。

 「同じ桜の木でも、山桜、シュリ桜、ホエビソ桜と、それぞれ表情が違うんです。でも、みんなその価値を知らない。ここで作る家具は、ちゃんと手を加えた上で、なるべく自然に見える形にすることにこだわっています。 私たちは、飛騨地域の木が持つ価値を最大限に引き出して、飛騨の外に出ていく仕組みを作りたいんです」

 「木の価値を最大限に活かす」という意識は、家具以外にも現れている。「木と暮らしの制作所」では、産業廃棄物としてのゴミはほとんど出ない。家具を作る過程で出た端材は、飛騨の作家さんへ、さらに細かい木の粉は、飛騨の農場の牛舎へと届けられるという。朝に見た、肥料用に積み上げられていく枝豆の葉のことが頭に浮かんだ。

 「ほかにも、雪で枝が折れてしまったことによってできたコブがある木は、丸太にするには邪魔だからと弾かれてしまいます。コブはストーブに入れると火の持ちがよくなるのですが、燃やす以外の使い道はないかと考えて、コブを活用したクライミングウォールのホールドを開発しました」

コブの表情が生きる、個性的なホールドたち。
地元の作家さんと開発したという、端材を使ったコマ。

 「木と暮らしの制作所」の工房には、最低限の設備しか置かれていなかった。飛騨で活動する様々な職人さんに仕事を回し、技術を掛け合わせて一つの家具や作品を作っているからだという。自分たちだけでなく、地域の中で木材を循環させたいという思いが伺える。

「目に見えるもの」のその先を想像して

 松原さんにお礼を言って、「木と暮らしの制作所」を後にする。
昨日も今日も、自転車で回った国府の町。遠くに見える山や森、道沿いに見える畑。同じ景色でも、この地域のことをなにも知らなかった頃とは、見えるものが違ってくる。

道中に湧き水の水を飲んで休憩。

 帰りの電車があるため、午前中でツアーは終了し、ガイドの杉山さんとは国府駅でお別れ。約二日間、ずっと一緒に国府の町を一緒に回ったので、ガイドと旅行客という間柄を超えてすっかり打ち解けた。
「またいつでも遊びにおいでね」と握手してもらい、高山行きの電車に乗り込む。

 車窓からの景色を眺める友人に、「誘ってくれてありがとうね。来てよかった」と声をかけると、「私こそ。ここが地元なのに、知らないことばっかりだったよ」と言われた。

「たしかに、自分の地元のことって逆にあんまり知らないかもね」
「うん。自分の目に見えてるものって、実はほんのちょっとなのかもしれない」
「私も、一回観光で来たきりだったからなぁ。また来るよ」

行きたい場所が増えて、会いたい人が増えて、「行ったことがある町」が、「また行きたい町」に変わる。
次にここを訪れる時は、どんな旅になるだろう。

<今回訪れたスポット>
・野村農園
・木と暮らしの製作所

<Kita Alpe Traverse routeとは……>
 
東西南北の分水嶺である北アルプスによって異なる二つの文化圏を持つ信州松本と飛騨高山。中部山岳国立公園を間に挟み、二つの市街地をつなぐ旅のルートが「Kita Alps Traverse route」です。

日本文化を形成する営みの源となった、木と水、そしてそれを育む山岳の自然環境を五感で感じるとともに、さらに文化圏の違いを東西の「水平移動」と日本でここだけしかない標高差2,400mの「垂直移動」の両方の中に生きる地域の人々との交流を通じて堪能することができます。

信州松本から飛騨高山というコンパクトながらダイナミックな文化と自然が、場所ごと微細に変化していることをゆったりとした時間の中で感じてほしい、それが「Kita Alps Traverse route」の旅です。

​​Photo: 表萌々花
Text: 風音


この記事が参加している募集

旅のフォトアルバム