学生起業家のピッチは「原体験」の宝庫 vol.3~世界学生起業家アワード日本大会
以前、EOの「世界学生起業家アワード」の大阪大会について記事を書きましたが、その日本大会が先日開催されました。
日本各地での予選大会を勝ち抜いた8社が集まってピッチを行い、上位4社が世界大会へと進むものです。会場は大勢のビジネスパーソンであふれ、各社のピッチは白熱したものになりました。
開会に先立ち、EO Osakaの木原会長が登壇。
「私も一人の経営者として、どんな刺激をもらえるのかワクワクしています」と期待を込めました。
今回、日本大会に進んだのは次の8社。それぞれが独自の視点で社会課題と向き合い、その解決にかける熱い思いをピッチにぶつけていました。
8人それぞれに人生を方向づけた原体験があり、それを「起業」という形に昇華させるまでのストーリーが語られていました。
その中から、特に印象に残った2人の起業家を紹介します。
地方都市に抱いた喪失感
1人目は、合同会社PoRtaruの歌原大悟さん。
小樽市で1階はバー、2階はゲストハウス、3・4階がシェアハウスというユニークな施設「Tug-B」を運営しています。
歌原さんは経営者としての顔に加え、「フレアバーテンダー」といって、パフォーマンスでお客さんを楽しませながらお酒を提供するバーテンダーとしての顔も持っています。
若い力で小樽に魅力的なスポットを作り、活性化にも貢献している歌原さんですが、その原点はネガティブな経験でした。
もともと大学受験では都会のキラキラしたイメージに憧れ、首都圏の大学をめざしていました。しかし受験に失敗。入学したのは第4志望の小樽商科大学でした。
小樽は北海道の地方都市で、人口約11万人、高齢化率は約40%に上ります。都会の「キラキラ」とは程遠い景色を前に、歌原さんのモチベーションは下がり切っていました。
失意の中で大学に通い始めた1年生の春、周りの友人も同じような喪失感を抱いていることに気づきます。
「何で小樽なんかに。。」
「ぜんぜん面白くない町。。」
そんな愚痴を聞いていると、ある思いが歌原さんの中に湧いてきました。
「どうすれば、この友人を前向きにさせられるだろう?」
実は歌原さんは、子どもの頃から人を楽しませるのが好きで、目の前に楽しくなさそうな人がいると放っておけない性格なのでした。
「このままだと4年後にぜったい後悔する……」
そこから歌原さんは、楽しくないことを環境のせいにするのではなく、その環境を楽しい場所に変えようという考え方を持ち始めます。
しかし、そんな折に新型コロナウイルスが直撃し、大学生活はオンラインが中心に。そこでコミュニティが崩れていくのを目の当たりにし、リアルに人が接する場所の大切さを痛感します。
こうして生まれたのが、学生も地元住民も観光客も、みんなが楽しめる「Tug-B」なのでした。将来的には他の地方への展開も予定しているという歌原さん。全国の地方都市にこんなワクワクする場所ができれば、日本がもっと元気になりそうです!
八百屋とフィリピンと就職活動
2人目は株式会社アレスグッドの勝見仁泰さん。
従来のように業種や職種、スキルやガクチカでマッチングする就職活動ではなく、「価値観」をベースに企業と学生の出会いを生む採用サービス「BaseMe」を運営しています。
勝見さんはForbes Japanの「世界を変える30歳未満」にも選ばれるなど、注目度の高い起業家の一人で、Web上でも数多く紹介されています。それらの紹介記事に必ずといっていいほど書かれているのが「八百屋」の話です。
勝見さんの実家は創業80年という老舗の八百屋さんで、子どもの頃から当たり前のように手伝っていました。朝は八百屋の仕事をしてから小学校に行くため、登校は朝の10時くらいだったそうです。
お店の経営は大変で実家は貧しかったそうですが、八百屋の手伝いは面白かったようで、ここで商売の基本を叩き込まれます。これが「ビジネス」を身近に感じ、やがて起業へとつながる原体験のひとつになりました。
しかし勝見さんにはもともと別の夢がありました。それはプロ野球の選手です。実際、高校は野球推薦で入学し、大学推薦のオファーも受けるほどの選手でした。
しかし「大学へ行く前に一度だけ海外を見たい」と訪れた東南アジアで、人生の転機が待っていました。それは、フィリピンの路地裏で見た子どもたちの姿。学校にも行かず、ゴミ山から金属などの材料を集めている子どもたちを見て、経済の矛盾に疑問を抱いたのでした。
そこからは「ビジネスで社会課題を解決する」が勝見さんのライフワークとなりました。フィリピンで教育事業を立ち上げて現地法人に譲渡したり、途上国の特産品を活用した化粧品事業を創業したり、さまざまな経験を積みます。
しかしコロナの影響もあり、一旦は就職活動を始めます。そこで抱いたのが就活サイトの「検索」への疑問です。どの就活サービスも検索の軸は「業種・職種」ばかりで、勝見さんが大切にしていた「社会課題との向き合い方」のような軸では検索できなかったのです。
「単純に業種・職種とスキルをマッチングさせるだけの就職はもう終わる」
そう確信した勝見さんは、ビジョンや思い、価値観などを軸に就活の課題を解決するサービスを自分で生み出そうと決意したのでした。
ちなみに、勝見さんはピッチの中で海外の審査員から英語で質問を受け、それに対して流ちょうな英語で答えていました。しかし、もともと英語の成績は「1~2」だったそうで、英語を勉強し始めたのは18歳の頃だそうです。
本気になれば、苦手なものも克服できる!
そんなメッセージも感じるピッチでした。
大阪大会の記事はこちら
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