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映画と精神医学(6): 映画"アバター"を観ると死にたくなる?〜アバター鬱について解説〜

皆様こんにちは、鹿冶梟介です!

皆様は映画「アバター」をご存知でしょうか?

アバターは2009年に公開された大ヒット映画で、当時は超美麗な3D映像も話題になりました。

小生も映画「アバター」を観ましたが、飛行機の中で観たので画面が小さくてそこまで美麗とは思いませんでした。

映画の内容としては世界観や設定は面白かったのですが、少々時間が長いなぁ…、というのが正直な感想です(アバターファンの方すみません)😖

ところで映画アバターに関して、当時こんな噂が流れたのをご存知でしょうか?

「アバターを観終わった後、観客の一部がうつ病になり死にたくなる…」

… なんとも恐ろしい噂ですね。

それにしても、本当にアバターを観た後に死にたくなることなんてあるのでしょうか…?

そう疑問に思って文献検索したところ…、ありました興味深い文献が!

しかし、今回の文献は医学・心理学系の論文ではなく社会学的な内容となっており、小生にとっては専門外であり紹介する上で少々自信がありません😅

予防線をはった上でのご紹介ですがシリーズ「映画と精神医学」の第6回目としてこの文献を中心に大ヒット映画「アバター」と「うつ病」に関して解説したいと思います。


【アバターとは?】

巨匠ジェームズ・キャメロン監督によるSF超大作。

あらすじ: 22世紀、人類は稀少鉱物を求め遥か宇宙の惑星「パンドラ」での開発をはじめる。
パンドラにはナヴィと呼ばれる肌の青い人型の先住生物がおり、パンドラ・プロジェクトではこのナヴィと人間のDNAを組み合わせた「アバター」を操り鉱物の採集をすることが目的である。
パンドラ・ブロジェクトに参加することになったジェイクは、アバターを通してナヴィ族長の娘ネイティリと恋仲になる。
ジェイクはネイティリとの仲が深まるにつれ、パンドラを破壊する人類の行為に疑問を抱くようになる…。

主演: サム・ワーシントン(ジェイク)、シガニー・ウィーバー(グレイス博士)、ゾーイ・サルダナ(ネイティリ)ほか

興行成績: 興行収入は30億ドルを超え、1997年の「タイタニック」を上まわり歴代一位の作品となる。

受賞: アカデミー賞では、美術賞、撮影賞、視覚効果賞の3部門を受賞。


【アバター鬱に関するニュース記事】

アバターを観た後の抑うつのことを、'post-Avatar depression(アバター後うつ病)’や'Avatar blue(アバターブルー)'などと呼ぶそうです。

まずは映画アバターを見た後に生じる「アバター鬱」についてネットで検索してみました。

するといくつかのネット記事ではアバターとうつ病や希死念慮について記載されております。

【CNN. Audiences experience ‘Avatar’ bluesより引用】

マイクという名前のユーザーは、ファンのウェブサイト「Naviblue」に、映画を見た後に自殺を考えていると書いた。

「’アバター'を見に行って以来、私は落ち込んでいます。パンドラ(アバターの舞台となる惑星)の素晴らしい世界とすべてのナヴィを見て、私は彼らの一人になりたいと思った。映画の中で起こったすべてのことと、そこから得たすべての涙と震えについて考えるのをやめられない」「もし私が自殺してパンドラに似た世界で生まれ変われるなら、きっと自殺すると思う」

Eltuというユーザーは、Avatarのフォーラムページに以下のように記載しております。

「昨日初めてアバターを見た後、今朝目が覚めたとき、世界は...灰色に見えました。私がやったことや働いたことはすべて、その意味を失った」

要するにアバターの超美麗3Dが描き出す惑星パンドラがあまりにも美しすぎたため、現実とのギャップに失望して鬱になる…、という話のようです。

このように一種の「(カウンター)カルチャーショック*」のような現象が、映画アバターによって引き起こされた…、というのがこの記事の趣旨だそうです。

*逆カルチャーショック: カウンターカルチャーショックあるいはreverse culture shockとも呼ばれる。留学など海外生活を終えた人が母国に帰った時に感じる不満や疎外感。

【アバター鬱とエコ不安】

この'アバター鬱’について、現実とのギャップに絶望以外にもう一つの側面があるとネット記事には書いてありました。

それは’Post-Avatar Depression Syndrome (PDAS)’と呼ばれる現象です。

これはニューヨークに住む精神科医 Stephan Quentzel博士が定義した非専門用語ですが、映画アバターを見た後に生じる「自然から切り離された感じ、気候変動、環境破壊、地球の未来への懸念、現代生活への不満」だそうです。

映画アバターではこの世とは思えないパンドラの美しい自然が3D画像によって観客の目に飛び込んできます。

ありありとした幻想的風景に圧倒され、感動し、そしてこの自然を守りたい…、そんな思いから現実の環境に対する不安感が増すそうです。

エコ不安(Eco-Anxiety)」という用語が心理学界隈で近年注目されますが、これは環境破壊への不安や恐怖を表すそうです。

みなさまも環境活動家のグレタ・トゥーンベリ氏のことをご存知と思いますが、彼女は自らがこの「エコ不安」に陥っていると公表したことがあるそうです。

つまりPDASとは映画アバターによって引き起こされるエコ不安のことを指すようです。


【アバター鬱に関する社会学的論文】

ネット記事で登場する’アバター鬱’という言葉はもちろん医学・心理学における専門用語ではなく、ポップカルチャーと関連する稀な現象を表現した俗語にすぎません。

しかし、先にも触れたようにアバター視聴後の抑うつ感を社会学的観点から考察した興味深い文献を一報みつけたのでご紹介いたします。

"The Pandora Effect:" James Cameron's Avatar and a Trauma Studies Perspective. Martinez-Falquina S, Atlantis Journal of the Spanish Association for Anglo-American Studies, 2014

https://www.academia.edu/11514031/_The_Pandora_Effect_James_Cameron_s_Avatar_and_a_Trauma_Studies_Perspective_


【アバターは米国白人の罪悪感を刺激する】

この論文が指摘している最も興味深いのは、映画「アバター」が白人によるネイティブ・アメリカン(インディアン)の大量虐殺のオマージュであるという観点です。

ご存知のように15世紀にヨーロッパ系白人が現在の北米大陸に到達して以降、当時住んでいた原住民ネイティブ・アメリカンとの間に争いが起こりました。

例えば1622年から1890年の間に起こったインディアン戦争では、白人入植者たちはネイティブ・アメリカンを大量虐殺しました。

そして、映画アバターにおいても、人間たちは資源の搾取のために惑星パンドラに住む先住民族ナヴィを虐殺します…。

すなわちこの論文によると、米国白人が抱きやすい過去の”ネイティブ・アメリカン虐殺”への罪悪感を刺激する”ステレオタイプ的(お約束的)映画”とみなしているようです。

このステレオタイプとは、1.植民地開拓、2.先住民族の虐殺、3.エコロジー系の先住民、4.白人が悪者、という構図をとっており例えば、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990)や『ポカホンタス』(1995)といった映画でも同様のプロットが用いられております。


【アバターによるバーチャルトラウマ】

またこの文献が主張する重要な点として、「バーチャルトラウマ」という新しい概念があります。

従来の映画やTVにおいては、視聴者は「これはフィクションである」ということを認識して物語を楽しみます。

しかし、映画「アバター」のような3D映像による没入型疑似体験は、現実に体験しているような錯覚に陥ります。

これは「911の米国同時多発テロ」の時も言われましたが、実際に体験していなくても、リアルタイムで衝撃的な映像を見るとPTSD的反応が生じるという事例と同様と筆者は解説しております。

つまり、フィクションとわかりながらもリアルな映像を見せられることで物語の中に入り込んでしまい、人間たちがナヴィ虐殺、パンドラの破壊に加担した…と思い込む恐れがあるわけです。

そしてこのバーチャルトラウマが先ほど述べた「白人の罪悪感」や「エコ不安」を強烈に煽る可能性が高いのです。

ちなみに小生は、以前執筆したnote記事「精神科医が教える、ウクライナ報道による共感疲労の予防と対策」でも紹介しましたが、いわゆる「共感疲労」という現象が映画「アバター」でも起こったのではないか…、と推測しております。

【鹿冶の考察】

今回のnote記事、いかがだったでしょうか?

科学的文献ではないので若干表面的な考察にはなりますが、少なくとも米国では映画「アバター」が人々(白人)に抑鬱状態をもたらすという考えは首肯されていたようですね。

…しかし、記事の冒頭でもお伝えしたように小生はこの映画を観てもそこまで心を動かされることはありませんでした。

もちろん飛行機の小さなモニターではなく、映画館で3D映像を見ていたら結果は違っていたかもしれません。

とはいえ日本で「アバターをみて鬱になったわ」という話はほとんど聞いたことがなく、ましてや臨床的に問題となることもありません。

日本と米国の状況を比較すると、やはり文化的違いが「アバター鬱」の原因なのかもしれませんね。

そしてもう一つアバター鬱に対する穿った見方があります。

それは、映画配給会社の仕込みの可能性です。

いわゆる「ステマ」ですね。

かつてハリウッド映画だけでなく、映画の宣伝をする上で大げさな話題をくっつけることがありました。

例えば小生がnote記事でも紹介したホラー映画の金字塔「エクソシスト」は、制作会社ワーナーブラザーズにより、「この映画をみてカトリック教会が抗議した」と宣伝したそうですが、そのような事実はなかったそうです。

また日本でも「アナ雪2」のステマ騒動がありましたが、映画の宣伝はTV以上に大胆にされることがありました。

このアバター鬱に関しても、ひょっとすると一部のファンの発言を20世紀フォックスが針小棒大に取り上げた…、あるいは一部のファンにステマを依頼した可能性があるかもしれませんね(確証はないですが)。

ちなみにこの映画「アバター」、続編の「アバター: ウェイ・オブ・ウォーター」でもアバター鬱のことが米国で取り上げられたそうです。

はたして本当に「アバター鬱」なるものは存在するのでしょうか…?

こればかりは実際にアバター鬱で悩む患者さんを診てみないことには…と小生は思います。


【まとめ】

・映画「アバター」を視聴後に起こる「アバター鬱」について解説しました。
・アバター鬱が生じるメカニズムとして、美麗な3D映像と現実のギャップに苦しむ、エコ不安、白人の罪悪感が関与すると考えられます。
・しかし、少なくとも日本ではアバター鬱で悩む患者さんをみたことがありません。
・アバター鬱の存在を否定するわけではありませんが、映画制作会社の宣伝(ステマ)の可能性も否定できません。
・続編の「アバター: ウェイ・オブ・ウォーター」は捕鯨をオマージュした作品のようですが、日本人でアバター鬱になる方っていたのでしょうかね?

【参考文献など】

1."The Pandora Effect:" James Cameron's Avatar and a Trauma Studies Perspective. Martinez-Falquina S, Atlantis Journal of the Spanish Association for Anglo-American Studies, 2014

https://www.academia.edu/11514031/_The_Pandora_Effect_James_Cameron_s_Avatar_and_a_Trauma_Studies_Perspective_

2.Audiences experience ‘Avatar’ blues. CNN entertainment

3.Post-Avatar Depression Syndrome. An Darach Forest Therapy

4.Eco-anxiety: wikipedia

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