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短編小説

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小説:花火展望石階段の乱

小説:花火展望石階段の乱

 階段を登ってくる風に揺られ、木々はさわやかに揺れる。日陰から見上げる真っ青な空と入道雲は実にまぶしかった。ここで純粋無垢な乙女とともに空を見上げ共有したイヤホンで恋の歌でも聞けたら何と素敵なことであろう。

 しかし現実は甘くないのである。青い空の下で麦わら帽子をかぶり白いワンピースを着た無垢な乙女との出会いなどまるでない。それどころか、ここにいるのは汗で石畳を濡らすさえない男どもである。このう

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小説:留年生の華麗な部屋

 諸君、クオリティオブライフを高めるうえで最も大切なものはなんだかわかるだろうか。それは住居である。古来より衣食足りて礼節を知るということわざがあるがなかなかどうしてここに住が入らないのかもっぱら謎である。故人よりも私のほうが優れているということか。

 優れた私が設計した部屋なのだ。端的に言うと、イヤ、もはやこの部屋はこの言葉でしか表現できない部屋なのである。そう、完璧だ。まさに魔法界である。

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小説:ぬいぐるみ同好会

小説:ぬいぐるみ同好会

 私はこの東大ではあるが東京大学ではなく神奈川にどっしりと構える三流大学の、無駄に膨張した敷地の端にこじんまりと構える竹林の中で体を折りたたみ息をひそめていた。

 人の心を持たぬ畜生どもに追われて奴らが私の近くを通過し、安どのため息をついてしまうたびふと思ってしまうのだ。幸せとは何か。この生活を始めてから一日たりとも欠かさず考えてきた問いである。

 この答えはいまだ導き出されていないしこれから

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小説:不謹慎な霊媒師

小説:不謹慎な霊媒師

「ああ、行かないでもうちょっとだけ、もうちょっとだけここにいて」

「だめなんだ。順子。俺はもう死んだ身。浮世に長くいられない」

「だったら最後に抱きしめて」

「わかったよ」

 二人は互いに抱擁し、まだ男に質量が残っていることを確かめ合う。

「どうしていけばいいの? あなたなしで」

「君なら大丈夫だよ」

 男の足が消えてゆく。

「大丈夫なんかじゃない! だからこうしてここに来たのに!

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小説:イノセントボーイズ

小説:イノセントボーイズ

 その柔らかく純粋な心を他人はおろか外気にも触れさせなかった我々の心はすでに発酵して独特の汁を垂れ流すまでになってしまった。

 この布団のないこたつを中央に構えた私の牙城はその汁が垂れては蒸発し、垂れては蒸発しを繰り返し、濃密で空気すらも屈折させる熱気を私の部屋に充満させていた。妖怪どもが発するその蒸気の前にはエアコンなどは歯が立たない。

 未知の菌すらも培養されているであろうこの空間であろう

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小説:神社で願い事

 神様は乗り越えられる人にしか試練を与えない。試練を与えられたものはそれを乗り切る力がある。両親から常に言われてきたこの言葉が僕の座右の銘だ。実際にこの言葉のおかげで何度ももう一歩踏み出すことができた。

 だから今回も神様は僕に壁を与えてくれているのだろう。僕が投稿している動画の再生数の平均はたったの25回。チャンネル登録者数は43人しかいない。自分の生き方にあっていると始めたユーチューブだった

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小説:妖怪の改心

小説:妖怪の改心

「皆さん、今まで迷惑をおかけしてごめんなさい。これからは皆さんの研究の邪魔は致しません。なので最後にもう一度仲間に入れてください」

 反省でもしたかのような態度と声に俺は耳を疑った。正気だろうか?

「そうか。ついに尾瀬君も大人の階段を登ったというわけだ。学生のうちに改心して本当によかった」

 この教授も正気じゃないのか? この妖怪が発した言葉をどうしてこうも簡単に受け入れることができるのだろ

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小説:メダリストの同級生

小説:メダリストの同級生

 俺は好きでこの仕事をやっているわけではない。それに給料も安い。それなのに仕事量は多い。別にこの仕事をやったからと言って誰かの人生を変えるわけではないし、誰かが感動するわけではない。だからほどほどにやればいいじゃないか。なのにどうして上司は毎日残業をするのか。なぜ有休をとらないのか。なぜ文句を言わないのか。なぜ会社の経費を少しでも減らそうと努力するのだろうか。

 どうしてもわからなくて、それでと

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小説:サークルの姫

 世の中には多くのサークルが存在する。

 定番なのは運動系のサークルだろう。高校の部活とは違い、勝ち負けよりも仲間とともに汗を流すことを楽しみとし、その友情を深める。まさに薔薇色だ。

 高校の部活とは違うと言えば、文科系のサークルもまた、魅力的だ。文科系と言えば競技性が低いことから高校の時はあまり日の目を浴びないが、自由度や楽しみが優先されるサークルでは、天体観測やよさこいなどの文科系のサーク

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小説:天体観測

小説:天体観測

 実家の最寄り駅から300メートル離れたフミキリを電車が通るたび帰ってきたなと実感するのだ。それと同時にキミも変えてくることはあるのだろうかと毎年考えずにはいられない。電車を降りると、青い空には大きな入道雲が我が物顔で居座っていた。

 家に着くと、奥の部屋から父の声が聞こえる。

「大学のほうはどうだ?」

 一緒に大勢の笑い声も聞こえてきた。おそらく父はテレビを見ている。

「まぁ、ぼちぼちか

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小説:シンデレラボーイ

小説:シンデレラボーイ

 「かわいそう」の指標はエンゲル係数の高さで定めるべきである。それ以外の評価軸を持つ者はすべて偽善者であり、裁かれなければならない存在である。それなのに、人々はその事実から目を背け、猫だの犬だのの、ダニを運び、生態系を破壊する畜生をかわいそうだのなんだのと保護をする。それは正義ではなく、ただのマスターベーションなのである。考える余裕と配るお金があるのに、思考を放棄し欲望のまま自己顕示欲を得る悪行な

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電車に揺られて本を読む

電車に揺られて本を読む

 電車の中でスマートフォンを触るなんて私にはとてももったいなくてもうできないのです。ですがお気持ちはわかります。かつては私もそうだったのですから。

 朝、電車を乗る時というのは十中八九行きたくない場所に運ばれている時です。しかも、これが眠たい。本来その時間、人間というものは家から出ていたくはありません。いえ、布団からさえも出ていたくないのです。そうでなければ私は、スマートフォンのやかましく心臓を

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小説:毒を吐く女上司

小説:毒を吐く女上司

 このクソアマいつかぶち殺してやるからな。俺は今日も心の中で叫ぶ。申し訳なさそうな顔を作りながら。しかし、そんな顔をしても意味はない。目の前の女は俺の仕事のみならず人格の否定までも行うのだ。

 沢辻彩音。31歳で1歳になったばかりの息子がいる。産休を取り始めたときは天に上るほどうれしい思いだった。ようやくヒステリックな罵詈雑言を聞かずに済む。うれしさのあまり、仕事の効率もはかどったものだ。

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小説:孤高なる酒乱学生事変

小説:孤高なる酒乱学生事変

「先輩、今日サークルの飲み会あるんですけど来ないんですか」
「悪いが俺はパスだ」

 後輩からのラインにそっけなく答える。しかし、なぜ大学生は集団で酒を飲みたがるのだろう。

 俺は群れるのが好きじゃない。人は群れの中の秩序を何よりも大事にする。聞こえはいいかもしれないが、その中身は極めて人情にかけてグロテスクなのである。全体の利益のためなら人の大事な時間を奪うことに躊躇をしない。それが秩序を守る

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