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スティーブン・ピンカーが語る「左翼偏向」の罪 「反差別」が「差別」を生む

「左翼偏向」した学界の失墜


アメリカを代表する知識人で、ハーヴァード大学の認知心理学者、スティーブン・ピンカーが、オックスフォード大学学生が運営するポッドキャストに出演していました。

これが面白かった。


Trump, Vaccines, and Inequality | Steven Pinker (The LOAF Podcast 3月3日 英語)


現代最強のリベラルで啓蒙主義思想家のピンカーが、

「トランプの再選可能性」

「反ワクチンと陰謀論」

「キャンセルカルチャーと言論の自由」

「社会的不平等」

「核戦争の脅威」

など、学生が用意したテーマに、闊達に答えています。

これを聴くと、ポリコレ、LGBT、キャンセルカルチャー、反ワクチンなどの陰謀論の蔓延・・・われわれを悩ませている問題が、アメリカでも、イギリスでも、同時に、同様に起こっているのがわかります(あちらが起源でしょうけど)。

全編、傾聴にあたいしますが、とくに「疑似科学の蔓延」について語った以下のような部分が、日本にとっても示唆的に思われました。


陰謀論や疑似科学をはびこらせないためには、学界が科学を「政治化 politicize」するのをやめさせるしかありません。

多くの研究雑誌や研究機関が、かれらのいう「社会正義の責務(social justice agenda)」のために、つまり「意識高い系(wokeness)」の目的のために、科学を捻じ曲げてつかっています。

そんなふうに、学者が「自分たちは左翼です」と宣伝するようなことをしたら、科学の信用がなくなるのは当然です。

左翼以外のすべての人は、科学者の言うことを聞かなくなるでしょう。

そうなれば、進化論を認めない人や、地球温暖化を信じない人を、もう説得できなくなります。

(動画4:15あたりの大意 the second one is stop politicizing the science where I think the scientific mainstream has gone wildly off in the wrong direction by basically uh what Journal after Journal uh organization after organization is ex um uh proclaiming their falsely to uh a so-called social justice agenda what is derisively called uh wokeness and scientists are discrediting themselves if they advertise we are a branch of the political left because then everyone who's not on the political left will just blow them off and and we have reason to believe from studies of uh departure from scientific mainstream beliefs that is people who reject uh Evolution people who reject uh the the uh idea that human activity is warming the planet)


反ワクチン運動についても同様です。

防疫政策を効果的に進めるには、それが「政治化」されるのを注意深く避けなければならない。

そうしなければ、ワクチンの是非が、特定の政治信念の「バッジ」や「忠誠のしるし」のようになってしまう。

こうした政治性がきちがい沙汰を起こしてきた例は、人類史にたくさんあります。

左翼性や右翼性は、つまり現代の新興宗教です。科学はどちらにも偏らないようにしないといけない。

(14:00あたりの大意 The credibility of the public health establishment uh and that gets back to the opening of our conversation namely being prepared to justify their opinions as opposed to force speeding a dogma and avoiding uh gratuitous politicization so that vaccines don't become a identity badge or a loyalty flag of your political Coalition because we we do know that people fall into coalitions into tribes based on all kinds of crazy pretexts for a lot of human history it was religion how many gods do you believe in uh and uh you know and who are they that has been superseded in modern in the modern West by politics are you on on the right or on the left that those that's our new religion and we've got to avoid aligning uh scientific consensus with either side of that polarizing split)


ピンカーの『21世紀の啓蒙』


日・米・英のキャンセルカルチャー


相手がオックスフォードの学生ということで、ピンカーが、オックスフォード出身の哲学者、キャサリーン・ストック(Kathleen Stock)に言及しているのも注目されます。

ストックは「反ジェンダー」フェミニストの代表で、女性の権利を守るために、自認によるトランスジェンダー容認に反対しました。

が、その主張により、嫌がらせや殺害予告を受けたため、2021年にサセックス大学教授を辞任しました。キャンセルカルチャーの犠牲となったのです。


スティーブン・ピンカー自身、2020年に、過去の「差別的発言」を指摘する、約600人が署名した「オープンレター」によって、「キャンセル」されかけた過去があります。


そして、似たような「オープンレター」騒動が、日本の呉座勇一にも起こったのはご承知のとおり(ピンカーは「オープンレター」を撃退したが、呉座はいったん敗れた)。

日米英で同じようなことが起こっていたのでした。たぶん他国でも起こっている。


このポッドキャストでは、ピンカーは以下のように厳しく大学を批判しています。


大学人が、彼女の主張を聞き、それに反論するのではなく、その主張が危険で有害だから「聞かない」という態度をとるのは、完全にバカげている。そんな大学は、いくらバカにされ、軽蔑されても仕方ない。

(20:00あたりの大意 it's completely absurd to not allow her to be heard because the ideas are so dangerous or so poisonous that even hearing them um harms you let alone refuting them so at a university it universities are well-deserving of contempt and scorn)


メディアの「政治化」問題


ピンカーは大学人で科学者ですから、ここでは大学や学者の問題を論じています。

しかし、わたしはメディアの人間でしたから、日本のマスメディアにも同じ問題があると思いました。


「学者が『自分たちは左翼です』と宣伝するようなことをしたら、科学の信用がなくなる」

とかれがいうのと同じように、

「メディアが『自分たちは左翼です』と宣伝するようなことをしたら、メディアの信用がなくなる」

というのが、日本で起こっていることです。

左翼以外のすべての人が、既成メディアを信じなくなっている。


共同通信社が「ヘイト問題取材班」なんて署名で記事を発信しているのは、わたしには正気の沙汰とは思えません。

やってることは、おもに杉田水脈に「差別主義者」のレッテルを貼ることですが。

「ヘイト問題取材班」なんて名前をつければ、まさに「自分たちは左翼です」と宣伝しているようなもので、左翼以外への信頼度はゼロでしょう。

べつに杉田水脈の支持者でなくても、杉田に同情して肩をもちたくなる。


香山リカが、中指立てて「差別主義者」をののしればののしるほど、差別主義者はむしろふえていくでしょう。

かのじょは精神医学者のはずなのに、なぜこんな単純な人心の機序がわからないのかと思います。

「世の中が左翼に支配されている」と感じれば、人びとはそれに反発し、左翼が期待するのと逆の行動をとる。

つまりは、左翼のいう「ネトウヨ」や「陰謀論者」はふえていく。

ある意味で陰謀論者は正しい。なぜなら、左翼が大学やメディアを乗っ取り、ピンカーのいう「社会正義の責務(social justice agenda)」、つまり「隠れたアジェンダ」を遂行しているのは、事実だからです。


なお、この番組のなかでピンカーは、アメリカにヘイトスピーチを規制する法律がないことを指摘しています。言論の自由を第一に掲げる合衆国憲法に矛盾するからです。

とはいえ、暴力を誘発する言論が規制されないわけではない。暴動を誘っているようなトランプのアカウントが、旧ツイッターでバンされたのは、正当だった、とピンカーは述べています。


「政治化」という概念


このポッドキャストで、ピンカーがいいたいことを一言でいえば、「科学を政治化するのはやめろ Stop politicizing the science」でしょう。

この「政治化 politicization」という概念は、わかりにくいですね。

でも、「政治化」「ポリティサイゼーション」という言葉は、わたしには懐かしくもあります。

これは、1980年代から90年代にかけて、いわゆる「日本異質論者」たちが、日本にたいしてつかった言葉だからです。


異質論者とは、いわゆるジャパンバッシングの一環で、「日本は西欧の民主国とは異質だ」と主張した一群の人たち。

その代表格、カレル・ヴァン・ウォルフレンの『人間を幸福にしない日本というシステム』(1994)の原題は「政治化された社会の偽の現実 The False Realities Of A Politicized Society」でした。


その本のなかで、ヴァン・ウォルフレンは、「政治化」という概念は日本人には難しいだろうといい、以下のように説明してます。


(日本で)政府と民間の区別ができないということは、社会のほとんどが政治システムに組み込まれていることを意味する。それこそが、日本で起こっていることだ。これを社会の政治化(politicization)と言う。日本の社会は、ほぼ完全に「政治化」されている。
(『人間を幸福にしない日本というシステム』新潮文庫版 p65)


こういう文章を読むと、時の流れを感じますね。

ここでヴァン・ウォルフレンが言いたいのは、日本の市民は官僚をあまりにも信じすぎているので、官僚のやりたい放題になっている、ということです。

もう若い人には、この30年前の日本の状況が、わからないかもしれません。

いまでは『ザイム真理教』なんて本が出るほど、官僚の存在は可視化され、批判されていますが、当時は「日本でいちばん信頼できるのは大蔵官僚だ」と思われていたのでした。

そして、大蔵(財務)官僚の邪魔をする政治家を叩くのが、官僚の仲間であるマスコミの役割になっているーーヴァン・ウォルフレンらは、そう批判したのです。


その批判のさいにつかわれたのが「政治化」という概念でした。

官僚の政策遂行のために世論が方向づけられ、社会が自律性を失っているーーそれを「社会の政治化」と呼んだわけですね。


「政治化」は、もともと政治学の概念らしく、わたしもよくは知らないのでこれ以上述べるのはやめておきますが、ピンカーの用語法では、この番組のなかで同時につかっている「偏向 polarization」と、ほぼ同じ意味と考えてよさそうです。

30年前、日本は、「官僚の意志により社会が偏向している」と指摘されました。

いま、日本を含めた西側社会は、「左翼の意志により偏向している」と指摘されているわけです。


学者やメディアは本来、「事実」を追求するのが仕事です。

それが左翼偏向することにより、われわれは「事実」が信じられなくなっている。「事実」をベースに議論できなくなっている。

この現代の病は、ますます悪化しているように見えます。


「政治化」「ポリティサイゼーション」を、日常の一挙手一投足にまでおよばせようというのが、すなわち「政治的正しさ political correctness」、つまりポリコレです。

「政治的正しさ(ポリコレ)」という言葉は、最初はナチやソ連などの全体主義を指すのに用いられ、1970年代に毛沢東語録をつうじてアメリカの新左翼に広がった。「共産党をつねに正しい路線にたもつ」「新左翼やフェミニストが、対抗思想にたいして自分の思想を堅くたもつ」という意味でつかわれました。(Wikipedia「Political correctness」より)


日常の振る舞いまで、左翼のイデオロギーに沿ったものであることが要求されている。それはまさに文化大革命の再来です。


トランプ再選と真のリベラル


そのポリコレ社会の気持ち悪さ、居心地の悪さにキレた人びとが、トランプを支持し、その再選を招き寄せようとしているのではないでしょうか。

ここでも、左翼は、みずからの望む方向と逆の結果を招こうとしているのですが、左翼だけが気づきません。


もっとも、ピンカーは、この番組のなかで「トランプ再選の可能性は低い」と述べています。

(日本でも、「トランプ再選に備える」みたいな記事が出始めましたが、わたしも、メディアが恐れているほどには、その可能性は高くないと思っています。)

その他、「核兵器はハリボテだと思われているが楽観できない」とか、「ドイツは、福島の原発事故を見て、原発の新設をやめたが、それは失敗だった」など、ピンカーはいろいろ面白ことを言っています。


こういう人こそ、真のリベラルです。

そして、ピンカーのような人がいても、大学やメディアの左翼偏向を防げていないのが現状です。

日本でも、ポリコレやキャンセルカルチャーを批判する、まともな知識人がいないわけではないですが、まだ声が小さい。メディアが取り上げないから、ですね。

それでも、ピンカーのような人が発言をつづけていることは、日本人にも励ましになるのではないでしょうか。

わたしの英語力では、一部理解できないところもありますが、英語の文字起こし機能もつかえるので、興味ある方におすすめです。


<参考>


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