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「川崎市麻生区」と「沖縄県大宜味村」のどっちが長寿? 「世界1」の称号を賭けて

目次

「日本1」と「世界1」
英語圏で「世界1長寿」とされる大宜味村
「沖縄長寿神話」の実際
やっぱり「麻生区」が世界1ってことで


「日本1」と「世界1」


まあ、私が住む川崎市麻生区は、このたび厚労省の「市区町村別平均寿命調査」で男女とも長寿日本1になったわけですが。

この調査の公表は5年ごとなので、あと5年は「男女とも日本1」の称号が使えます。

で、同時に思ったわけです。

「日本1長寿ってことは、世界1長寿じゃね?」

と。

なにしろ、日本は世界有数の長寿国ですからね。

「世界1長寿の街 麻生区」

をキャッチフレーズに宣伝すれば、世界からインバウンドでウハウハでしょう。観光客がみんな長寿の秘訣を探しにくる。

そうすると、麻生区の名産、王禅寺丸柿や、柿の形の最中「柿っ娘」がバカ売れするし、私が「長生きまんじゅう」かなんか作って売れば、私の老後資金の足しになる。

とか思って、ひとりほくそ笑んでいたわけですよ。


で、海外に麻生区より長寿なところがないかと、「世界1長寿」をググったら、

「沖縄県大宜味(おおぎみ)村」

が出てきたわけですね。


例えば、

『世界一の長寿村に学ぶ「早死に」しない健康習慣』

という本が紀伊国屋出版から出ています。


本の内容紹介に、こうあります。


世界一平均寿命が長い沖縄県大宜味村を徹底取材! 90代でも70歳に見える「健康長寿」を手に入れる秘訣とは?
沖縄県大宜味村。人口3387人中、318人。約10人に1人が85歳以上で、90歳以上が164人。奇跡の村が教えてくれる健康長寿39ヵ条。


ポプラ社から出ている『世界一の長寿村のレシピ』という本もあり、これも大宜味村のことです。

内容紹介にこうあります。


沖縄、大宜味村。村の総人口が3,500人なのに対し、90歳を超える長寿者が80人を超える、「世界一の長寿の村」。笑顔で一杯のおばあたちは、毎日どんなものを食べているんでしょう。


紀伊国屋の本は2010年、ポプラ社のは2011年に出た本ですが、「婦人画報」などを出しているハースト社の2020年の記事でも、大宜味村は「世界一の長寿村」として紹介されています。

世界一の長寿村に取材! 健康寿命を伸ばす「驚きのヘルシー習慣」10


さらに、朝日新聞出版の「週刊朝日」2022年4月19日号の記事でも、「世界1」という表現こそないものの、大宜味村を「世界5大長寿地域」の1つだと紹介しています。

 ご長寿大国として知られるニッポン。中でも、沖縄県の大宜味村は「世界5大長寿地域」の一つに選定され、世界からも注目を浴びている。畑仕事や社会活動にも熱心な、元気なお年寄りが多いのはなぜなのか。現地でその秘密を探った。


ちょっと待てよ。

「日本1」長寿は、うち(川崎市麻生区)だぜ。

それよりも長寿な「世界1」が、日本にあるって、おかしくね?

気になって、厚労省資料で市区町村別平均寿命調査の初年(2000年)までさかのぼって調べました。大宜味村は、2000年に女が麻生区を上回りましたが、それ以降は男女とも麻生区の方がずっと長寿です。(この記事の最後に数字を示しました)


英語圏で「世界1長寿」とされる大宜味村


それなのに大宜味村は、現在の英文Wikipediaでも、「世界1長寿の村」と書かれています。


いくつかの調査でこの村が世界で最も長寿だと示されており、100歳以上の人口が非常に多い。
Several censuses have established that this village has the highest longevity index in the world with a large percentage of the population being over 100 years old.


大宜味村が「世界1長寿」と言われるようになった発端はよくわからないのですが、世界的に有名なのは、どうも2017年に出た下の洋書が影響しているっぽい。

「IKIGAI(生きがい):The Japanese Secret to a Long and Happy Life」という本で、この中で大宜味村を世界1の長寿村と紹介しています。


150万部の世界的ベストセラー「IKIGAI」



この本が世界で150万部のベストセラーになったらしいんですね。何気に世界のセレブ、こんまり(近藤麻理恵)さんが推薦文を書いている。

以下の同書のプロモーション動画を見れば、大宜味村の人は特別に健康長寿で、その秘訣が「生きがい」であると紹介されているのがわかります。


日本語の「イキガイ」を、「いつも活動的である幸福 the happiness of always being busy」と捉え、東洋の秘術、神秘思想みたいに扱っている。オリエンタリズムというか、かなり胡散臭い。

「スローライフ」信仰の、一種のイデオロギー(まあ漠然と反資本主義を言いたいサヨク的衝動のようなもの)を感じますがね。

でも、西洋人には、こういうのが受けるのでしょう。

「IKIGAI」という言葉は西欧にかなり広まっているらしく、下の2022年の英文トラベルサイトでもタイトルとして使われていて、やはり沖縄が長寿の地として紹介されています。「長寿」と大宜味村の「Ikigai」が観光資源になっているのです。

Ikigai: 10 places where people live the longest and why (time travel)


さらに、上の週刊朝日記事の「世界5大長寿地域」というのは、どうも以下の本で言う「ブルーゾーン」という概念を根拠にしている。

ナショジオの人が書いた「ニューヨーク・タイムズ・ベストセラー」


「ブルーゾーン」ねえ。こういうカタカナ語が出ると警戒したくなる。

この「ブルーゾーン」という言葉は、上の「Ikigai」という本でも使われており、「人口統計学的に長寿者が多い地域」という、平均寿命とは別の長生き指標であるらしい。(ベルギーの人口学者らが提唱。彼らがその地域に青色マーカーで印をつけたからブルーゾーンと呼ばれる)

そして、そもそも2000年代前半に、沖縄が長寿で世界的に有名になったのは、ナショナル・ジオグラフィックなどが調査して、2004年に沖縄がこの「ブルーゾーン」だとされたのがきっかけのようです。

しかし、この「ブルーゾーン」という概念は曖昧で、いまでは批判されています。


沖縄で主張されている長寿に関する研究では、第二次世界大戦以前の記録が戦火の為残っていないため、沖縄の人々が主張しているほどの年齢であるかどうかの検証はできない。最近のデータによると、沖縄の平均余命は、日本の他の地域と比較して、もはや例外的ではないことが示されている。実際、日本人男性の寿命は現在、日本の 47 の都道府県の中で 26 位である。Science-Based Medicineに寄稿しているハリエット・ホールは、ブルーゾーンに関する管理された研究が不足しており、ブルー ゾーンの食事は確かな科学ではなく憶測に基づいていると書いている。


それでも、いまだにこの「ブルーゾーン」を担いで、沖縄を長寿地域だと言うグループがいるんですね。

上の書籍「ブルーゾーン」紹介記事でも、2000年に大宜味村が「当時長寿世界一であった」とありますが、その根拠は、曖昧な「ブルーゾーン」とやら以外にあるのでしょうか。

厚労省の調べでは、2000年の女性長寿1位は沖縄県豊見城村でしたが、大宜味村は男女とも上位30に入っていません。(川崎市麻生区は男で23位でした)


この「ブルーゾーン」以外に、WHOなり国連なりが、沖縄や大宜味村を世界1長寿と認めた、みたいな話がチラチラ見えるのですが、その国連の資料というのが見当たらないのです。

ちなみに、この「ブルーゾーン」という本の翻訳者は元朝日新聞の人らしい。

朝日と「国連のほう」がからむと、なんか怪しい。

沖縄や大宜味村を「長寿世界1」にしたい、国際的謀略の匂いがしますな。


「沖縄長寿神話」の実際


沖縄は長寿の地だ、という評判は、上記のとおり、2000年代の初めに、世界的に広まりました。

ニューヨークタイムズとか、タイム誌とかが、「なぜ沖縄は長寿か」と特集したものです。沖縄食の秘密、みたいな本が洋書売り場に並んでいたのを覚えています。

その印象が、まだ世界的には残っているのかもしれません。

しかし、それはもう20年前の話。「ブルーゾーン」概念への批判とともに、「長寿の地」としての沖縄の地位は、その後すぐに失墜しました。

2000年代の後半になったら、日本国内ではもう信じられなくなった・・と思いますが、いまだに年寄り向けCMでは「あの泉重千代さんの沖縄で作った長寿のためのナントカ」みたいなのがありますから、心の中に生きているかもしれない。

沖縄の「長寿神話」の崩壊については、以下の朝鮮日報の記事がうまくまとまっていると思います。(別に反日記事ではありません)


世界一の長寿村と呼ばれていた日本最南端の島「沖縄」。一時、世界中のマスコミと長寿学者たちがこぞって訪れ、沖縄特有の長寿の秘訣(ひけつ)を分析して紹介した。米週刊誌タイムは2004年の特集記事を通じて「100歳まで元気に暮らしたければ沖縄に学べ」と報じた。WHO(世界保健機関)から「世界最高長寿地域」という称号まで得た。その沖縄も、今では長寿村と呼ばれなくなってしまった。

2000年代半ばまでは、他の地域とは歴然とした差があり、不動の1位だった沖縄のおばあさんたちは、今では他の地域に住むおばあさんたちよりも先に亡くなる。沖縄では糖尿病による死亡率は11.9%と、全国平均の11.4%よりも高い(2018年日本人口動態統計)。世界基準からすれば、依然として沖縄の平均寿命は高い方に属しているものの、日本国内では長寿村ではなく、短命村と言われても致し方ない立場にまで落ち込んだ。

「世界一の長寿村」の看板を下ろした沖縄(朝鮮日報2022年10月23日)


沖縄の「長寿」イメージが、最初から嘘だったわけでもありません。

上述のとおり、沖縄の年齢の記録には疑惑もありますが、それを忘れるなら、20世紀の終わり頃に、沖縄が公式統計上、長寿県であったのは確かだし、いまでも女性に関しては比較的長寿なところです。

それは、朝鮮日報の記事にもありますが、いまの80代以上、戦前生まれの沖縄の女性が、とくに健康で長生きだからでしょう。ここでも年齢に関する疑惑を忘れるなら、いわゆる西洋風の食生活が戦後に入ってくる前の生活習慣がよかったんでしょうね。

市区町村レベルでは、沖縄の高齢化した村は女性の平均寿命が高い。大宜味村もその1つで、高齢者の比率が高いところですから、今もそういう80代以上、100歳以上の人なんかが多くいる、という意味では、「長寿村」の看板に偽りはないと思います。

しかし、70代以下の戦後生まれは、もうファストフードとか、西洋風の習慣に染まっており、もはや長寿ではない。沖縄の男性は、かなり前から平均以下ですが、女性の方も、いまの超高齢者がいなくなれば、平均値に落ち着いていくのではないでしょうか。


この沖縄の長寿神話の失墜も、長寿に必要なものは何かを考える上で、示唆に富んでいると思います。

「生きがい」というか、地域のコミュニティでの活動などが健康長寿に結びつくのは、何も沖縄だけの話ではないでしょう。

それも重要ではありますが、やはり生活習慣ーー喫煙、飲酒、ストレス、肥満を避けるとか、車を使わず歩くとか、そういうことの方が重要な気がします。

毎日「泡盛」飲んで、呑気に暮らして長生き、みたいな「楽園」イメージが、沖縄長寿神話で人々を魅了したところかもしれませんが、本当に健康長寿を目指すなら、そう甘くはないでしょう。健康診断に毎回行って、たまにはバリウム飲んだりしないといけない。

健康長寿のためには健康「管理」が必要だからね。いま長寿地域の住民が得意なのは、そっちの方でしょう。


いずれにせよ、「沖縄長寿神話」はもう崩壊したのですが、西欧ではまだそのイメージが生きていて、大宜味村がそのイメージを観光資源としているのなら、そっとしておいた方がいい気がします。


やっぱり「麻生区」が世界1ってことで


とはいえ、「長寿世界1」で一儲けをたくらむ川崎市麻生区の私としては、国内に別の「長寿世界1」があるのは、ブランディング上、困るんですね。

世界的に、「Ogimi, Okinawa」の方が、真の王者である「Asao, Kanagawa」より有名だなんて、納得できなくないですか。

こういうのは「言ったもん勝ち」というところがある。

大宜味村は、「日本一長寿の村宣言」の石碑まで作ってるんです。

大宜味村の「日本一長寿宣言」の石碑(リコー経済社会研究所:「『日本一長寿の村』を宣言した桃源郷/大宜味村」より


だから、神奈川県が本気で観光立県を考えるなら、

「麻生区が男女とも長寿世界1(マジで!)」

とか勝手に宣言して、世界に発信すればいいと思うんですね。大宜味村に負けない、でかい石碑も作らなきゃ。


あとは「IKIGAI」的なキャッチフレーズが必要です。

朝日新聞によれば、麻生区が長寿日本1なのは「坂道が多いから」です。


だから、

「神奈川のSAKA(坂)が長寿を作る」

ってことにすればどうかな。

「SAKA(坂):The Japanese Secret to a Long and Happy Life 」

という本を私が書くよ。

こんまりにも推薦文を頼む。

「SAKA」が世界の流行語になるね。

前に書いたように、川崎市麻生区と、お隣りの「横浜市青葉区」が長寿のツートップだから、川崎市と横浜市で手を結べばいいと思う。

うまい具合に、横浜市営地下鉄の「ブルーライン」が、川崎市麻生区の新百合ヶ丘まで延伸してくる計画がある。

「ブルーゾーンの横浜と川崎に行って、ブルーラインに乗ろう!」

なんてね。

そうすると、全世界から観光客が横浜や川崎の「長寿の坂道」を上りにくると思うんだ。

で、私の「長生きまんじゅう」もバカ売れする。



改めて「世界一の長寿」をネットで探していくと、国レベルでは、日本が世界1というわけではない。

たとえば、モナコという国の平均寿命は、男85.17歳、女88.9歳だ。


日本の平均は2020年で男81.5歳、女87.6歳だから、かなり落ちる。

だけど、麻生区は男84.0歳、女89.2歳だから、女の方はわずかに勝っている。比較する年度が同じでないかもしれないが、現時点で勝っている可能性が高いと思う。

麻生区は「世界1長寿の街」を名乗っていいのではないだろうか。

勝利を確かなものにするため、大宜味村の100歳老人たちをたくさんスカウトしてくるというのはどうかな。


<付録>


川崎市麻生区と沖縄県大宜味村の平均寿命比較

平成12(2000)男・女
川崎市麻生区  79.6  85.6
沖縄県大宜味村 77.0  86.1 
*この年は沖縄県豊見城村の女が89.2で全国1位

平成17(2005)男・女
川崎市麻生区  81.7  87.3
沖縄県大宜味村 78.3  86.4

平成22(2010)男・女
川崎市麻生区  81.2  87.7
沖縄県大宜味村 79.7  87.3

平成27(2015)男・女
川崎市麻生区  83.1  88.6
沖縄県大宜味村 80.1  87.7

令和2(2020)男・女 最新
川崎市麻生区  84.0  89.2 (男女とも日本1)
沖縄県大宜味村 81.2  87.8
(全国平均)  81.5  87.6


いずれも厚労省の「市区町村別平均寿命調査」より。

この調査の公表は2000年からですが、2000年の調査結果で言及されている1995(平成7)年調査では、大宜味村の女性は85.8歳(全国8位)で、麻生区より長寿でした(麻生区の数字はなし)。つまり、1995年と2000年では、大宜味村の女性は麻生区よりも長寿でした。

この推移からも、2000年までの沖縄の女性は日本1レベルで長寿だったが、その後、落ちていったことがわかります。それでも、沖縄の女性は、今も場所によって平均より上のところがありますが、沖縄の男性は全国的にはむしろ下位グループに顔を出すようになっています。

なお、大宜味村の人口は約3000人、麻生区は約18万人と、人工規模の違いがありますが、厚労省は、人工規模と平均寿命は基本的に関係ない(人工規模の大小で平均寿命は上下しない)という見解です。


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