DV夫様のご機嫌を損ねるな
夫はその後も何度か私の実家を訪れた。
時間が経つにつれ、夫の気も少しは落ち着いてきたように見えた。
実家に来てもそれ以来暴力を振るうことはなかったため、暴力については一度頬を平手打ちされたことは忘れようと思った。
私の実家は両親とも共働きのため、一日中家には誰もいない。
私しかいないのだ。
それも夫が罵声を浴びせるのには絶好の環境だった。
私はとりあえず出産まではこのまま大人しくしていようと考えた。
どう考えても妊婦でつわりが酷すぎる私に今何かできるとは思えなかった。
夫の機嫌をとり、殴られさしなければ良いのだと必死に自分の感情は押さえ込んだ。
夫は普段怒っていない時はいたって普通の人だ。
その普通を保たせるように私がご機嫌を取り続ければいいのだ。
夫が来日した時は、二人でいろんなところに出かけた。
出かけるわけは、外にいると一応人の目があるから流石に私に怒鳴り散らすことはないからだ。
夫といろんな景色を見てみたいだとか、夫と美味しいものを食べたいとか、夫といい思い出を作りたいなんて気は一切なかった。
ただただ生き延びて安全に赤ちゃんを産むことしか考えられなかった。
赤ちゃんが産まれることにも不安しかなかったが、私が守るしかない、守らなければいけない、ただただそれだけを考えて妊娠10ヶ月は自分を押し殺していた。
それでも出かけている時も、私は常にピリピリしていた。
ある日私たちはイタリアンレストランで食事していたのだが、隣にいた年配の女性グループが私たちのことをジロジロとずっと見ていた。
それに腹を立ててどうしてそんなに見ているのか?と彼女たちに聞いていた。
きっと彼女たちは英語を理解していないように見えたが、良くないことを言われたのは感じているようだったが、それでもチラチラとこちらの様子を伺っていた。
日本にいてジロジロ見られることが結構あり、彼はそのことでよくでイライラしていた。
そして私と二人になるとそのイライラが私にくる。
もうそれは当然のことで、まるで私は夫のお母さんで、夫はイヤイヤ期の幼児のようだった。
でも大きい身体で、大きな声で怒鳴られ、汚い言葉を延々と浴びせられるのは全く可愛いものではない。
ただ怖いだけだ。
お前のせいで人にジロジロ見られる!
お前のせいで俺が変人みたいに見られる!
お前のせいで俺が運転しなければいけない!
お前のせいで俺が日本なんかに来なければいけない!
お前のせいで俺が意味のわからない文字を理解しなければいけない!
お前のせいで来日しなきゃいけないから仕事を休まなければいけない!
お前のせいで信号で止まらなければいけない!
お前のせいでこんなゆっくり運転しなければいけない!
お前のせいでお金も時間も死ぬほど無駄にした!
お前のせいで俺が引っ越さなければいけない!
クソ日本人め!!!
どうしてこんなバカバカしいルールに日本人は従っているんだ?
腐った国だ!
バカが集まってバカなルールを作り、それに従うバカな国民、だからお前も当然バカなんだ。
夫は殴りはしなかったが、いつ暴力が伴ってもおかしくない勢いで怒鳴り散らしていた。
夫は海外生活も長く、その時すでに5カ国で勉強したり仕事をしたりの経験があった。
夫よりは短いが私も数カ国で仕事をしていた経験があった。
だから海外に住むことのストレスは理解できる。
でも、それは私のせいではないし、”郷に入れば郷に従え”なのだ。
日本人からすると、”海外かぶれ”と言われるのだろうけど、これは海外で生きていく術なのだ。
自分を捨てろとは言わないし、文句を言うなとは言わない。
でもその国に来ているのは自分なのだから、その国のルールに従い、馴染むべきだと思う、もし嫌なら帰ればいいのだ。
などと言えば殺されかねないので言ったことはないが、私は夫が怖いと同時にバカはそっちだと心の中で思っていた。
もうこの頃は私はただただ夫が怖くて、私の頭の中は彼を怒らせないようにすることが、安全に出産するためだと思っていた。
そのためにはもう殴られるわけにはいかない。
夫の暴言は何を言っても何をしても止まることはないと諦めて、私は暴言をどれだけ浴びせられても、バカみたいにニコニコしていた。
そんな私を夫はさらにバカにした。
それでも赤ちゃんを守るために笑うしかなかった。
おかしな話だ。
でもよくある話だ。
実の父親から赤ちゃんを守らなければいけないなんて。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?