「齢と共に深まる孤独」
齢を取って孤独が深まった。
哀しいけれど涙を流したからと言って救われるものではない。
両親が健全な時が、正直言って、幸せだった。
両親が、病死し、10年以上になるだろう。両親の葬儀の時は泣かなかった。
正確にいうと哀しくなかった。なぜだか分からない。
わたしには、家庭がある。このわたしが深く身に染みて感じる孤独と家庭は
別なものである。
家庭があるからと言って、今、感じている孤独は消えもしないし、一時も忘れることはできない。
両親が生きている時は、親を頼って生きていたわけではないが、いるだけで幸せだった。心は、いつも両親と一緒であった。病死したときも心だけは一緒であり、わたしの心の中では両親は生きていた。
この齢になって、やっとわたしの心の一部分として生きていた両親が亡くなり、心に大きな空白ができてしまったのだろうか。
あの世から亡くなった両親が、わたしを呼んでいるのだろうか、早く、おいでよ、と。わたしは、哲学と自然科学しか信用していない。
孤独、孤立感が強い。
とうとう一人になってしまったかという、雰囲気だ。
こんなことを妻や娘に話したところで理解されないに決まっている。
だから、ここ「note」に書くことにした。
生きるのがつらい。
本当につらい時は、寝てしまうことにしている。
強がって生きてきたのかもしれない。
本当は、弱いのだと思う。
この身にまとっている孤独感を忘れたい。
抜け出すことは無理であろう。
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