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「母とわたしと家政婦さんはグル!」

 わたしが、大学生の頃、実家で両親と共に暮らしていた。
 金まみれの最底辺私立医大へ裏金で入った弟だけが、金沢市郊外の片田舎で一人暮らしになっていた。
 父は、開業医で、父のクリニックは住宅とつながっており、いつでも行き来できた。
 
 朝起きると、父は病院の表玄関を開け、午前中の診察へ行く。お昼になると昼食を食べに住宅へ来る。病院は非常に混んでおり、夜まで診察が終わるまでかかった。そして、夕食を食べに住宅へ来るという具合だ。
 
 わたし、母、家政婦さんは、お腹がすいても父が働いているので、父が住宅へ来るのをじっと待っていた。空腹に耐えていたのである。
 
 ある日、母親が、午前10時半ごろ、「お腹がすいたわね、あなたお腹すかない?」という。わたしは、「空腹と言えば空腹ですけど我慢できますよ」というと、母は、「わたしは、我慢できないのよ」という。
 母が、新聞に入って来た広告を見ながら、「このピザおいしそうね、宅配をやっているんだって」という。しばらく、じっとその広告を眺めていた。
 
 そして、家政婦さんに、「電話を持ってきてくれない?」という。
 広告をじっと見ていたせいだろう。ピザの宅配店の電話番号を何と暗記している。
「もしもし、こちら目黒区に住む、わたしですけどピザの宅配をお願いしたいの」という。
「えっ、わたしじゃわからない、いつも、わたしと言えばみんな分かってくれるんですけどね、名前? もちろん、名前はありますよ、わたしは、捨て猫ではないんですから」と要領の悪い電話が始まった。

「注文したいのは、今朝の広告に掲載してあったもので、大きく写真が右側の上にあるでしょう?それをください!えっ?わからない?商品の名前が必要なのね、こう書いてあります。これを食べて君もビッグになろう!と書いてあるピザをください。わからない?あなた、あたまがわるいわね」と全く要領を得ていないというか、母親は、すべて家政婦さん任せなので電話で注文などしたことはないのだ。
 
 家政婦さんが助け舟を出した。「奥様、そういう雑用は、家政婦のわたしの仕事です」この言い方は、偉いと思った。プライドが人一倍高く負けん気が強い母の性格を考えてのセリフだからだ。
 「家政婦ですけど、マーガリータのピザののサイズLを薄い生地でください。」何と数秒で済んだではないか。母は、「さすがわ、あなたは家政婦だけのことはあるわね、お給金をアップしてあげるわ」と、赤子のごとくすごい喜びようである。
 「高級ブティックの買い物と違ってわたしは、こういうのは苦手なのよ」と、苦笑する。
 わたしは、「ピザを食べて三人共ビッグになるんですね」というと、母は、「これ以上太っていられないわよ、あなたは、瘦せているんだから、ピザを食べてビックになって丁度いいんじゃないの」と、おかしな会話になる。空虚な会話というのであろう。
 
 40分ほどで宅配ピザが来た。
 母が、「お父さんが来る前に全部食べ切るのよ、いい?見つかったら叱られるからね」という。
 三人して、犬のようにガツガツと食べた。ピザと格闘しているようである。
 母は、「家政婦さん、遠慮しなくていいのよ、もっと早く食べなさい」という。あれだけ、お腹がすいていたという母は、二切れ食べ、「油が強いわね、もう、わたしはこれでお終い」と言って、リビングのソファーでごろ寝である。
 残ったピザは、わたしと家政婦さんで食べきり、ピザが入って来た空箱やゴミは、父にばれないように、わたしが一丁目先まで行き、捨ててきた。
 
 お昼になる。父が昼食に来た。「今日は診察が混んでいて、来るのが遅くなってごめん、みんなお腹がすいただろう、お昼にしよう」という。
 母は、「わたし、待ちくたびれて食欲がないのよ」という。
 わたしは、「大学があるので、昼食はせっかくだけど、学校で食べるから」という。

 
 父と家政婦さんだけの昼食になった。
 家政婦さんのむせる音が大きく聞こえる。

ソファー


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