磁場のエリア
駅まえの女神が水の両手を広げる正午にいる。巨人の手のファザードの手まえにあるロータリーを車のエナメル色彩が入り込み、警察が警笛を鳴らした。
足をふみ込んで女神とすれ違い、幻惑のパサージュを歩けば左右にはマテリアルの密林。大昔、ここは森林の緑に覆われていたのだ。と、舞う紋白蝶を見た。思わず追いかける。
足をとめる。上空へ向けて飛んでいく蝶々の視界には、工事現場の建て増す鉄塔、巨大なクレーンの色はストライプの赤と白、巨大ディスプレイ。
国際ニュースが映っている。白旗を絶対に上げない決意で赤旗でもって突進しあう戦争の映像、その真下の歩道には幼稚園児たち。
「先生、チョコレートを頬張りたい」と小さな帽子のラベンダーは華やぐ。幼稚園児たちの帽子のラベンダーは他の幼稚園児たちの帽子のレッドとホワイトと合流した。
レッドゾーンを突破間近の絶滅保護の書店を目にして、スマートフォンのかわりに文庫を手にほっつき歩いていた過去に思い至る。思い出の文学はすり減っているだろうか。甘い紙の香り、神の宇宙は、ところでラズベリーの香りだそうな。
スマートフォンの地球儀を回転させながら、武蔵野を指さす。武蔵野のなかで武蔵野を見ながら、武蔵野の磁場を浴びている。
と、
街の路地裏に奇跡の野良犬を目撃した。路地の日陰で奇跡の野良犬は七色の毛並みをバスカヴィル家の犬さながら発光させ、奇跡の出会いを投げかけてくる。
野良犬のようにうろつきながら野良犬のことなど忘れていた自分に思い至った。強力な場所の磁場を浴びながら、いま、奇跡の野良犬に全霊をかけた微笑みを投げかえさなくてはならない。